シネマガールのえいが日記 − プラス ワシントンDC郊外での日常
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旦那の誕生日に何かイベントを、ということでチケット買いました。
子供が3人に増えて初めてベビーシッターを雇うということで、3人見られる凄腕のデイケアの先生にお願いして来てくれる約束を取り付け、万全の体制で臨みました。
が、ハリケーン・アイリーンのお陰でコンサートが一週間延期になり、急遽旦那の実家のお義母さんとお義姉さんの都合がついてきてくれることになり、ラッキーでした。
ベビーシッター代が浮いたのはもちろん、家族に子供たちを見てもらえるほうが安心度がちがいます。
義母&義姉につくづく感謝です。
一週間延期となって、一緒にいくはずだった友達の一人がこられなくなったほか、前座バンドのフォーリナーも来られなくなったし、客数も少し減っていたかと思われます。
会場はJiffy Lube Liveという、北バージニアの郊外にある一部野外のコンサート・シアターで、私達は野外の芝生の部分に低めのビーチチェアを持っていって座りました。
その日は少し蒸し暑かったけど、夕方から風が吹いていい感じになりました。
家族連れもいて、ティーンだけでなく4−5歳の子供を連れてきている親もいました。
レイバーデーの週末で、夏休み最後の家族イベントってところでしょうか。
前座のナイトレンジャーは、事前にYoutubeで調べたらヒットソング一曲(Sister Christian)知ってるのみのバンドでした。
聞いたことはあるとは思ったけど、思ったより哀愁漂うバンドで、スパイナル・タップを地で行ってて、私の目は釘付けになりました。
だって有名な曲がぜんぜんないから他のバンドの歌を3曲も(ギタリストが参加したことのあるというオジー・オズボーンのクレイジー・トレインとか)演奏していたけど盛り上がらないんです。
観客みんな座ったままか、売店からビールとかタコスとか買ってきたり、ざわざわと動き回っています。
そこをなんとかしようと、ボーカールがMCで色々云うんだけどみんな悲しいの。
「ハリケーン・アイリーンのせいで延期になって、レイバーデーの週末になってしまってみんな色々やることがあるのにきてくれてありがとう!」とかって謙虚な姿勢ではあったけど、みんなさぁ、ジャーニー観にきたんだよねー。
「次はニュー・アルバムからの歌で、みんな懐かしいヒットソングを期待してるのは分かってるけど(って一曲しかない)、アーティストとして、クリエイティブになるのを辞めたら死んだとおなじだからさー、俺達は新しい音楽を作り続けるぜー、レッツ・ロックンロール!」
この人たちのヘビメタバリバリ動きも、こうやって何十年もツアーやり続けてきたと思われるような、年季がはいってるというか、自然で、ぷろでした。
だけどいまの時代もこの手の音楽で、なのに歳をとってるから新曲の歌詞はけっこう健全で、かなり違和感がありました。
フォーリナーも来れていたら彼らは数曲のヒットソングはあるので、ワンクッションおけて、よかったかも。
ナイトレンジャーは悲しすぎました。
さて、ジャーニーのコンサートはよかった〜!
なつかしのヒットソングは演奏もボーカルもハーモニーもCDと変わらないくらいの質だし、舞台装置が幻想的で(何個もの正方形のフラットスクリーンをつなげて巨大スクリーンになっていて、いろんな映像がながれるしくみ)、お金のかけ方もさすが超メジャーバンドだな。という感じです。
2007年から入ったフィリピン系のボーカル(アーネル・ピネダ)は他のメンバーと比べると若いし(それでも44歳)小柄で、ぴょんぴょん跳ね回っていて可愛いかったです。
彼のボーカルはオリジナルのスティーブ・ペリーにそっくりで定評がありますね。
むしろペリーよりもアジアの魂というかコブシが聞いている感じです。
アンコールはもちろんDon’t Stop Believinで会場中で大合唱の末、紙ふぶきが噴水のようにでてきて、一緒いった友人クレアはこのコンサート会場にきて初めてみた、といっていました。
クレアはもと働いていた会社での友人です。
行き帰りの車では彼女とお互いの近況報告、会社事情などのキャッチアップができました。
娘達が生まれてから、初めて子供なしのイベント、満喫しました。
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東海岸のみなさん、地震のときは何をしていらっしゃいましたか?
私は会社で自分の机にいて、メンター兼オフィスメートのスティーブンと顔を見合わせて「これは地震だよね。地震だよね?」と半信半疑に確認しあっていました。
同じフロアの隣のオフィスが全面内装工事していて、初期微動のときはその振動かとおもったけど、さすがに本ゆれのときは揺れが引くまでちょっとビビりました。
オフィスは7階にあったので、震度5はいってたと思います。
みんなオフィスから廊下に出てきて
「いまのはなんだったんだ?」
「工事の振動だよ」
「地震よ。友達がフェースブックでもう色々騒いでるわ」
としばらくざわめいていました。
みんなが仕事にもどった頃、パートナーの一人(私の二次面接をしてくれたパートナーH氏)がスタッフ全員へ向けてアメリカ地質調査所がマグニチュード5.8を発表したリンクを送ってきました。
H氏はそのあと私のデスクに来て、「今の地震はどうだったかい?」と聞いてきました。
地震国の日本出身である私の意見が聞きたかったのでしょう。
私「揺れは結構激しかったですね。日本でも2−3年に一回くらいの規模だとおもいます。」
H氏「ワシントンDCの記録を破ったらしいよ」(満足げな表情)
H氏は面接で話が出たのをこのとき思い出しましたが、幼少の頃に軍のお父さんの関係で横須賀に住んでいたことがあるのです。
それで日本にいたとき、地震は珍しくなかったことを覚えているそうで、だから「おれって経験者」的な不敵な表情があり、おかしかったです。
そのあとまた別のパートナーが近くのビルのレンガが落ちてきて車が何台も破損している写真をメールしてきました。
パートナーともあろう人々が、「地震すごいな、びっくりだな」的なメールを流して時間をつぶして。
そんな会社です。ここは。(笑)
日本からしたら、特に昨今の余震だらけの状態からしたらなんてことない揺れだったんだと思いますが。
バージニア州のそのまた南部で生まれて育ったスティーブンはこの地震が、初めてだそうです。
だから東海岸のアメリカ人は大騒ぎでした。
ホワイトハウスも国会も避難させられたらしい。
だいたいこの辺では地震なんてめったにないから、建物自体が地震に耐久できるようにできてないみたいで(大理石とかふんだんに使ってあって)仕方ないのでしょう。
私はすぐに旦那に電話しようとしたけど、携帯ラインは混雑しててつながりませんでした。
911のときのことが一瞬よぎりましたが、その後一時間もしたら旦那がすでにデイケアで子供の安否も確認したといってきたので、一安心です。
さて、その後新しいオフィスでの毎日ですが、
残念ながら、仕事がジャンジャンきて山積み、という理想の構図にはならず、一日のうち1−2時間は暇な時間ができている状態です。
スティーブンに最初はクライアントベースがないから仕方がないといわれて安心してていいのかな、と思いつつ、暇になると「仕事ないー?」とみんなにお触れてまわっています。
またスティーブンという人の「癖」に慣れるのにちょっと時間がかかりました。
かなりタックスには精通してるオタクくんだけど、ちょっと自負が強い感じ。
そこを上手に持ち上げないと、というところがちょっと面倒です。
そんなこんなで、日曜の夜は翌日の会社のことを思うとちょっと憂鬱になりました。
先週はひとつ印象に残る確定申告がありました。
ミシガン生まれの52歳の女性で、去年の10月に心臓発作で急に亡くなってしまった人の、最後の確定申告です。
彼女はナースをしていて、死亡診断書に「ヘルスケア・サポート・スペシャリスト」とありました。
なのに心臓発作なんて。
この国にはありがちなことかもしれません。
急なことだったので、遺言も何もなく、裁判所が遺産相続の詳細を決めるそうで、近くに住む妹さんが法定代理人になっていました。
彼女の財産はタウンハウスと、2001年型シビック、貯金が150万円と、401(k)が400万円くらい、家の家財などの査定が30万くらいでした。
52歳の独身の女性としては裕福でなくても、不自由のない暮らしだったのでしょう。
タウンハウスは今年の春に5千万円くらいで売れていました。
職業の所に「ナース」としたら、リビュー(見直し)からもどってきて「故人(Deceased)」に直されていたのがなんとも悲しかった...
人のためになる立派な仕事をして、一応ちゃんと蓄えもあって、家の修理もし(前年に窓を取り替えて省エネのタックスクレジットをもらっていました)、つつましく暮らしていたのに、ある日突然亡くなってしまう看護婦さんのことを考えてここでも鬱になってしまいました。
さて、今日は地震のあと嬉しいニュースがありました。
同僚のシニア会計士の一人であるZちゃんからおめでたの報告がありました。
予定日は1月ということで、確定申告のシーズンは来年はお休みですね。
彼女は性別は前もって知りたくないそうです。
そういう報告をきいて、おめでとう!っていって妊娠についての話に花を咲かせていると、この会社の歴史の一部をもう共有させてもらっている感じがしました。
来週はまた新しい社員が入ってくるそうです。
私もそうやって少しずつ良くも悪くもブラン・ニューじゃなくなっていっていくようです。
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今週から新しいT社での仕事が始まりました。
5年ぶりに新しい会社で働くので、緊張しました。
感想としては漠然と、ちゃんとした会社に来た、ですね。
前の会社は社員数40人、新しい会社は50人で、その差10人なのですが、インフォーマルな前者に対してフォーマルな後者という感じです。
新しい会社は去年の11月に内装を一新したそうで作りもモダン。
そのせいか、社員の服装も(特に女性が)どこかきちんとしています。
お洒落というわけではないけど、スカートやワンピースを着ている人が多く、洗練されている感じです。
オフィスがきれいだと、服装もそうなるのかもしれません。
私もこれでは服装に手抜きはできないぞ、と、思わず金曜の午後会社が終わった後、アンテイラー・ロフトへいって$500以上も使ってワードローブを新調しました。(今までのショッピングで最高額かも。)
妊娠前に着ていたビジネス用の服も沢山あるのですが、いま母乳を搾乳しているので胸囲がでかくなってしまい、XSサイズが着られなくなり、Sになってしまいました。
さて、洋服の話はさておき、仕事の話です。
初日は人事の書類記入やら、サインやらで半日過ごし、その後もメールやソフトウェアのアカウントがまだできていなく、ちんたら過ごしたので、長い一日でした。
ドレスコードはビジネス・カジュアルですが、サンダルを履いていっていいのか分からなかったので、ハイヒールで行き、それも疲れました。
同僚となる人たち4人がランチに連れて行ってくれ、みんな落ち着いた感じの30代と思われるCPAだと分かり馴染んでいけそうなので安心しました。
同僚の一人は私のメンター(先輩的な教育係)であるスティーブンで、彼とオフィスが共有です。
スティーブンは、推測だと30歳前後で、ザビエル禿げのオタクっぽい外見で、話しても税務ソフトのオタクという感じで、この会社には2年いるそうです。
最近婚約したようで、「僕の婚約者」というタームがしょっちゅうでてきてなんだか幸せそうです。
メンターは新しい社員がスムーズにシステムを理解して、仕事場に馴染めるように色々教えてくれるのですが、スティーブンは気を使ってもくれ、ありがたい限りです。
彼には初日からこの会社での無数に存在する暗黙のルール、空気が読めるように必要な知識などをそっと教えてもらいました。
まあそれに関しては前の会社でも同じような感じですが、何ヶ月、何年もかかって分かったことを、初日に聞けたのは大きなメリットです。
まだ一週間目なのではっきりといえませんが、お転職してまたよかったなと思うことは、仕事が回ってくる。ということです。
始めたばっかりですが、ちゃんと充分な仕事があるか、あるいは与えられすぎで重荷になっていないか、メンターだけでなく、仕事の割り振りを統括するマネージャーもチェックしにきてくれ、暇になることはまだありません。
前の会社は派閥もあって、夏場など暇な時期は一部の人に仕事がいって、一部には回ってこない、ということが多々あったので、やはりこっちの会社のが「ちゃんとしてる」のかもしれません。
前の会社では、経験なしのペーペーで入社したので、そのポジションから抜け出せずにいたのもあります。
新しい会社では経験ありのプロフェッショナルで雇われたので、どんどん仕事してもらわないと困る、のかもしれません。
同じ下から二番目の位(シニア・スタッフ)なのに、差がでるのかもしれません。
仕事がいつももらえるかどうかはこの先どうなるか分からず、まだ結論はだせませんけどね。
明日は第二週目、頑張ってきますね。
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なんだかつらつらと、皆さんの知りたくもない会社での事情を書いてますね。
一応どんなことがおきたか整理して記録しておきたかったので、全然整理できてないですが、まあ好き勝手に書いているブログですんで。お許しを。
クレアのオフィスでヘレンと三人で話をするためにドアを閉めて、さて、どうなったか、P氏の反応は、といいかけたところに、インターフォンでパートナーのW氏がクレアを呼び出しました。
ヘレンと二人で今からオフィスに来なさい。だそうです。
私は退散して自分のデスクにもどったら、5分ほどしてクレアから内線で「いまからW氏がそっちに行くわよ。」といわれました。
それから10秒くらいしてW氏はやってきました。
「ちょっと話できるかな。小会議室へ行こう」とW氏。
そこでの会話はなんというか、どう答えていいかわからないプレッシャーの感じるものでした。
P氏から私が辞めることを聞いてまずヘレンとクレアを呼んで「彼女が辞めること知ってたのか?」と聞いたらしく、彼女達は「今日聞いたばかりです。」と答えたそうです。(クレア談)
W氏は私が辞めていくことがヘレンとクレアにどう影響するかをかなり懸念したと思われます。
彼女達は、とくにクレアは自分の娘のようにひいきにしているW氏です。
慰留しに来た理由はそれ以外ありません。
W氏は
「この地域で会計士をして長いのでT社のことを私も良く知っているが、こことは社風が違う。すこしスターチー(シャツに糊が利いた、ということで、もう少しお堅い、という意味らしい)だよ。」
「この会社はとてもローカルで、社員もみんなファミリーという雰囲気で、私もよく君と君の家族が散歩しているところに出くわして(これは本当)子供達にも会えて、私の妻も喜んで、そういう感じではなくなるよ。」
「通勤もここからでは遠い。ただラッシュとは逆方向だからそれは救いだね。」
「君が希望ならP氏の下で働かずに、H女史やM女史(税務部の女性パートナー)の下で働くように頼んであげるよ。」
といいました。口調はなるべく好印象になるように勤めていましたが、彼特有のプレッシャーが伝わってきました。
「家でも旦那さんと相談して、それから考えたらどうかな。」
といわれて
「もう考えられないと思います。」といいました。
またP氏にも聞かれましたが、T社からの年俸を知りたがっていましたが、
「お話するつもりはありません」といいました。
すると「それからお子さんが3人もいて財務的にかなりのプレッシャーということだけど、お給料もここまでくらいならパートナー会議に出してみるけどどうかな」
私「お給料については交渉したくないんです。交渉は苦手なので。」
W氏「交渉は悪いことではない。むしろ交渉をするほうが尊敬を得られることもある。みんなの見る目がかわることもないよ。」
W氏「どうするかね。」
とものすごいプレッシャーでしたよ。どうやったらこの居心地の悪い状況を抜けられるのか分からず、私は得意の日本人のあいまいな笑顔でやり過ごそうとしましたが、だめでした。
W氏「いったいどうしたいの?」
私「ほかで自分の実力を試してみたいです。」
これで分かってもらえたらしく、放免されました。
W氏の出してきた年俸のカウンターオファーは正直悪くなかったです。
T社への通勤距離、確定申告シーズンでの勤務時間の長さ、など考慮したらとどまったほうが良かったかもしれません。
でも、昇進しない限り絶対でないような額を、辞めるといっただけで出してくるのって、やはり考え物です。
実力ではなく、どれくらい文句を言うかで、昇給がきまるなんて。
それに、数々の面接をしてきて、もう心は別の所にあり、いまさら残ることはありえません。
T社にもオファーの受諾レターを出してしまっています。
一応旦那に電話して、「こんなカウンターオファーが出たけど断ったよ。これでいいよね。」といったら旦那も同意してくれました。
それから私の知らないところでまたドラマが展開されました。
W氏は私とのミーティングのあと、ヘレンとクレアをまた呼び出し、話したいことがあるなら聞くよ。今日はランチに行こう。といって二人を連れて出したのです。
二人が私のようにいきなり辞めてしまわないか心配でたまらなかったのでしょう。
車の中でW氏がまたこの会社は良いところで、云々と話を続けていたら、ヘレンはプレッシャーに耐えられず泣きながら「すみません。告白しなくちゃいけないことがあります。」とクライアント先からオファーが来ていて、キャリアチェンジするつもりだといってしまったそうです。(クレア談)
泣きながら、押し付け上司(M氏とします)の下で働くのが辛いこと、前から公認会計士事務所ではなく民間企業の会計をやりたかったこと、正式なオファーの文書がきたら2週間通知を出そうと考えてた、と訴えたそうです。
そしたらW氏はさすがに情にほだされたらしく、ヘレンの言い分に理解を示しM氏に対してどう改善させたらいいかを考えよう、と言い出したらしいです。
その後、私とヘレンの辞職はパートナー全員の知るところとなり、翌週月曜日に社内メールで二人がそれぞれ別の理由で転職します、とアナウンスされました。
すぐに何人かの同僚、シニア会計士がやってきて、どうするの?家で子供と過ごすことにしたの?と聞いてきました。
私はT社というところに転職する、というとみんな喜んでくれました。
「あぁ、あそこは私の勤めていたファームと同じ建物にあるよ。少し大きいところだよね。」
「元IRS(国税局)職員が何人かいて、監査などにも強いと聞いているよ。」
「寂しくなるじゃないー。でも5年も働いたんだもの、そろそろ違うところで働いてみるのもいいかもね。頑張ってね。」
など、ポジティブな反応でした。
パートナー以外はみんな転職したくなる気持ちが多少なりとも分かるようです。
思えばW氏のいうファミリーな会社というのは嘘ではありませんでした。
同僚は良い人たちが多く、過去5年間で妊娠、出産を2回経験した私を見守りつづけ、わが娘のように思ってくれる女性の方々も多々おり、この地域で友達の少ない私にとって、会社の同僚が友達、という感じでしたので、それを失うのは辛いことです。
でもクレアに言わせると「そんなのどこへいっても同じよ。1年働けば新しいところでも同じように友達ができるわよ」だそうです。
彼女は若くても悟ったところがあります。
それでも最後の週は毎日のように違う人が送別ランチに誘ってくれ、これからも連絡取り合いましょう、といってくれ、同僚に恵まれていたなとしみじみ思いながら、最後の日を終えました。
もうこのオフィスには来ないんだ、毎日この人たちとも顔を合わせることはないんだ、と思うとなんとも不思議な気分でした。
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さて、オファーをもらって最初に打ち明けたのは、
2年前にリストラで別の会社にいったケイトでした。
彼女がたまたま翌日の土曜日に我が家に遊びに来てくれたので、今のファームをやめて別へ移るといったら、喜んでくれました。
思えば私達が雇われた5年前ごろはそんなに働くのが嫌になるところではありませんでした。
実際、ワシントンDCのビジネス雑誌がやる「働きたい会社ベスト50」とかで中小企業部門で選ばれたりしていました。
入った頃はみんながハッピーだったのです。
何が変わったかというと、監査部の人事で、3人のシニアマネージャーがパートナーになり、その3人が幅を利かすようになって、徐々に社風やら方針が変わっていきました。
良かったのはテクノロジーをどんどん取り入れたこと。
悪かったのは3人の若手パートナーのうち2人が30代で、若いのはいいのだけど、やはり青二才ぶりが裏目に出て、モラルが低下していったのです。
どう説明していいかわからないけどこの二人は年配のパートナーと比べると気品がないのです。
一人は既婚にして、受付の女の子(も既婚)と駆け落ちしてしまったり、もう一人は部下への仕事の押し付け具合がエスカレートして、生え抜きのエリート・マネージャーが辞めてしまったのです。
生え抜きのエリートとは同期で仲のよかったヘレンのことです。
話が脱線しました。
私が辞めることは、会社には翌週の木曜日に伝えました。
同期のヘレン(まだ辞めてなかった)とクレア、そしてシャロンおばさんにはその前に話しました。
ヘレンとクレアはかなり喜んで興奮気味でした。
ヘレンもちょうど転職を試みていて、クライアントでコントローラー(経理部長)として雇ってもらう手配をしていました。
彼女は2ヶ月前にお父上を亡くされ、夫と二人で故郷に引っ越そうかとなやんでいたときに、例の「押し付け上司」からまたどっさり仕事を押し付けられ、さらに故郷に帰ってお母さんの家へ転がり込むのは大人としてどうかと思う、みたいな、ことを言われて激怒していました。
そして「もう辞めようと思う。クライアントのA社から正式なオファーがくるのを待ってるの。」と教えてくれました。
私もT社と2次面接することになってましたが、辞める準備をしている、とは確実になるまでまだ云わないでおいてあったので、このニュースはヘレンにとってはサプライズで、興奮していました。
自分も辞めてやる!というときに仲間の一人も同じように辞めるので、残っていた一抹の罪悪感も吹き飛んでしまった、という感じです。
一方、シャロンおばさんは「なんで辞めるの?そんなの寂しいじゃない。」
「上司のP氏に話してみなさいよ。悩みを聞いてくれるわよ。」といい、ちょっと考えた後、でもやっぱりあなたがやってることは正しいわ。
いちど辞めようと思った人は、慰留されてとどまっても、結局は辞めていくってどこかで読んだわ。
と一応私の決断を喜んでくれました。
そして上司のP氏ですが、
ショックを受けていました。それを隠すように「そうか。どこのファームにいくの?ああ、そこなら知っているよ。そうか。」
といって40分くらい話をしました。
はじめに私はもう決断したのでここで交渉をするつもりはないんです、と前置きしてから、なんで辞めていくのかを徐々に話していきました。
1. 監査の仕事はもうやりたくないので監査部にいる意味がない。監査をしない、できないということはこの会社での自分のキャリアにとって致命的。
2. 税務の仕事に専念したい。
3. 子供3人をデイケアに入れるのには、ここの給料ではやっていけない。
4. 冬場の様子をみると、この会社に自分に充分な(税務の)仕事があるとは思えない。
5. 別のファームでどれくらい自分ができるか試してみたい。
1と2をいうと、すぐに税務部へ移ることだって可能だ、といわれました。なにをいまさら、という感じでしたが「渡る橋は燃やさない」ように、終始ニコニコと友好的に話しました。
給料のことも、もっと必要ならレビューで交渉すべきだったといわれました。
最初からベストオファーを出してこないくせに、必要ならもっとくれといえばいい、というのもどうかと思いますよね。
でもP氏は本当に「あのときいってくれれば。君はあれでいいというけど、本当はデイケアのアレンジとか大丈夫かなとおもったんだ。」と悔やんでいるようでした。
P氏には不満はありました。給料をあげてくれない。冬場の仕事をみつけてくれない。マイクロマネージメントしてくる(細かいところまで色々と管理したがる。)などなど。
でも人柄的には非難するべきことはなく、いい上司でした。
ヘレンのことを思うとその点ラッキーだったかもしれません。
結局P氏は慰留しつつも私の決断を尊重してくれ、もし次の仕事先でうまくいかなかったらいつでももどってきていいよ。といってくれました。
そしてその後、この話し合いがどうなったか、というかP氏の反応はどうだったかを聞きたくて待ちきれないヘレンとクレアに話に行きました。
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不採用通知についてですが、うちの旦那も最近一社(大手)を受けたのですが、とうとう不採用通知ももらえませんでした。
面接には3度足を運ばされ、6人と話をして、電話面接も2回あったのに、とうとう音沙汰なしです。
メールを出したり、人事のボイスメールにも2回メッセージを入れて、「どうなっていますか?」と聞いてるのにです。
人を3度も呼び出しておいて、メール一行もかくことをしないなんて、失礼だといって、旦那はGlass Doorというウェブサイトに批判を書くといっていました。
私もそこにM 社のこと書きたい、といったら、そこは大手の会社だけなんだそうです。(がっくり)
さて、気を取り直してまた求人サイトをみて、また一社応募してみました。
そこは(T社とします)家から30分くらい離れています。
規模としてはいまの会社よりもちょっと大きいくらいです。
(M社はいまのところよりもちょっと小さいくらいでした。)
だいたい面接をしてくれるところはレザメを出すと2−3日くらいで電話かEメールをくれます。
人事から最初になぜ今回転職を図っているのかを聞かれ、面接のスケジュールをしましょう、といわれます。
また給料の希望額やら、どんな仕事をしたいか、とつっこんでくるところもあります。
普通に対応すれば好印象で、面接にこぎつけます。
T社との面接はタイミング的には産休から仕事に復帰するちょっとまえ、レビューの面接をやったすぐ後にありました。
面接に行く当日、例の人事で働く友人Kちゃんとインスタントメッセージをしてて、なにかアドバイスを頂戴、といったら
「さわやかにプロフェッショナルにがいいんじゃない?いくら仕事ができても誰もビッチとは働きたくないじゃん」
ということでした。
彼女が採用の面接をするときはざーっとレザメの内容が嘘じゃないか確認して、あとはその会社やチームに溶け込めるかを見るらしいです。
「さわやかに、プロフェッショナルに」を肝に銘じてまた面接に出かけてきました。
時間は4時で、夕方のラッシュアワーが始まりそうでした。Kちゃんによると夕方4時とは、就業時間が終わる直前に面接を入れるということで、よほど会いたいと思われているからよい傾向なんだそうです。
面接したのは税務部門の責任者と思われるパートナーと、もう一人若手パートナーで、責任者の方が主に質問したり、話をし、若手のほうは書記のような役目でした。
最初の質問は「あなたのことを話してください。仕事について何をやっているか、どのような問題を扱うのか、プロフェッショナルな内容でお願いします。」
プロフェッショナル、がキーワードのようですね。(笑)
その質問に答えるうちにまた向こうから質問があったり、こちらから質問になって、会話のほうはポンポンとすすみました。
そして前回失敗した質問「クライアントのコミュニケーションはどうか」という質問も出ましたよ。
これは必ず出る問題とみてよいですね。
前回の失敗があったからこそ「もちろん問題ありません。」とさらりと答えることができました。
途中で責任者が「オフィスマネージャーも呼ぼうか」といってその女性も参加し、会社の福利厚生やらを説明してくれました。
そのあと責任者の指示でオフィスマネージャーの女性がオフィスのツアーをしてくれ、また若手、新人のスタッフのところへ行き、名刺をもらってくれました。
責任者によると、私から何か会社のことで質問があったら、この若手の人々にも電話できるようにとこのことで、彼らは聞かれたことは口外しないことになっているので、マネジメントに聞きにくいことでも聞けるというシステムなのだそうです。
そうして、面接は終わり、1週間後に連絡をするといわれました。
家に帰ってKちゃんとまたインスタントメッセージで面接の報告すると、「オフィスツアーは気に入らない人には時間の無駄だからやらないから、良い証拠。他のスタッフに会うのも良い。決まったも同然」といわれ、まあよい感触が残った面接でした。
翌週はいただいた「若手さん」二人の名刺を手に電話をしました。
聞きたかったことは
1. たまに自宅からも仕事ができるオプションはあるか。
2. 就業時間はフレキシブルか
3. いま母乳で授乳中なので、搾乳できるような部屋はあるのか。
ということで、一人目の女性は私とほとんど同じタイミングで産休にはいってたようで、要領の得た答えが返ってきました。
1と2は今の会社よりもいまひとつだけどまあなんとかなりそう。
3は今の会社と同じような感じで、開いてるオフィスでやるか、それがやなら個別トイレで、ということです。
まあよほどひどい会社でなければ、今の会社よりはいいに決まってるので、このことはあまり気にしていませんでした。
面接の結果はちょうど1週間後に電話で知らされました。
例の責任者パートナーからの電話で、もしよければ2次面接に来てもらいたいが大丈夫か。
もちろんいくに決まってるでしょう。
2次面接は「ランチ面接」で後で秘書からスケジュールの電話がかかってきて、ランチするレストランでの待ち合わせになりました。
みなさん「ランチ面接」って聞いたことあります?なんでランチ?
Kちゃんにも聞いてみたけど「あぁ、もう決まったも同然」だと。
会うのは責任者のパートナーよりももっと上のマネジメント・パートナーという人と、前回と同じ若手(書記)パートナーでした。
ランチなのでもっとカジュアルな雰囲気でしたが、マネジメント・パートナーは同じようなことを質問してきて、私も同じように答え、気がつくと向こうは食べ終わっていて私はまだ三分の一くらい残っていて、急いで食べ終えました。
面接だから私が一番しゃべってるわけで、食べるのが遅くなっても仕方ないですよね。
そのときは一時面接よりもポンポン会話がすすんでいる感じがせず、これはダメだったかな?とすら思いました。
しかし翌日オファーの電話が責任者さんからきました。
オファーを出したいが、お給料はこれくらいでいいでしょうか、正式な書面を来週送ります。本当に弊社にきてくれて一緒に働けることを祈っています。
ということでした。
こちらからすれば、決まればもう絶対転職なのですが、他社からのオファーを利用して今の会社と給料や条件の再交渉をする人が多いみたいなのです。
あるいは、転職するはずだったが、今の会社に残ってくれとなだめられ、カウンターオファーも出され、転職せずじまいということもあるようです。
その日は金曜日で、会社は午前だけで午後は歯医者に行っているとき電話を受け取りました。
帰り道は晴れ晴れしい思いで、「あーこれで今の会社を辞められる」と旦那に電話をかけました。
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転職することは自分の中では絶対やらなければならないことでした。
だからお義母さんが帰ってしまって自分ひとりになると分かった時点で、これでは面接にもいけないなと、そしてその先就職活動はいつできるようになるのか、不安になりました。
そしていまの会社のまた戻るのも憂鬱でした。
できれば産休中に転職先を決めたい。
仕事復帰してからだと、会社にばれないように面接に行くのも一苦労です。
(いまの職場では面接できていくようなスーツを着る人はまずいないので、怪しまれないようにするには一旦家で着替えるしかないからです。)
5月半ばごろから娘達との生活のリズムもつかめ、旦那がほぼ週三日は自宅勤務というパターンが定着してくると、また求人サイトを見始めました。
そしてクレイグズリストで一件、ドンピシャの職種で同じ町内の公認会計士事務所からの募集が見つかりました。
そこが今の会社でないことを何十にも確認して(クレイグズリストには会社名を載せないところが多い)、レザメを送り、面接にたどり着きました。
面接でこの会社は(M社とします)最初に会ったHR(人事)の女性との話で、同僚のシャロンおばちゃん(キッズ・オールライトのブログ参照)が昔働いていたところだと気づきました。
自宅から10分以内にあり、デイケアに預けている子供たちが病気になったりして呼び出されてもすぐにいけるし、クライアントの規模、種類も今の会社と似てるので絶好の転職先とおもっていたけれど、一応シャロンの意見もあとで聞かないと、と思っていました。
面接はそのほか税務部の責任者の女性と、ファームを取り仕切るマネジメント・パートナーという男性とやり、まあまあいい感じでした。
と当日は思ったのですが。
後から考えたら大失敗だったのです。
「今の会社ではクラアントとのやり取りも問題なくやらせてもらっていますか?」という質問があって、私は間髪要れずに「はい。」といえなかったのです。
上司のP氏は私が英語がネイティブでなく、保守的なクライアントに私が受け入れられそうにないと判断することが多くて、私の受け持つクライアントでも直接やりとりさせてくれないことが多いのです。
税務部のS女史は「きちんと自己紹介をして、私のサポートをしてるといってから、質問をしなさい」とほとんどのクラアントに連絡をさせてくれるのですが。
そういった状況だったので、「まあ、だいたいです。あまり得意ではないのですが。」なんて答えになってしまったのです。
これは大失敗。たとえ嘘でも「問題なくやっています」といわなくちゃダメでした。
ということでこの会社はボツでしたが、納得いかないのは「採用はできません」の回答ももらえなかったのです。
この週に連絡します、という週の翌週に「私の応募状況はどうなっていますか?」と人事にメールをいれたのに、音沙汰なしです。
そんな失礼な会社に入りたいか?と思えば落ち込みませんでしたけどね。(負け惜しみ)
DC近郊でHRの仕事をしている友人Kちゃんに「今回は残念でした。」とか「ご縁がなかったことに」という連絡をしないことってあるのか聞いてみたら、あるとのこと。
それはHRの担当者によるそうです。
多少腹が立ったけど、気を取り直してまた求人サイトをみつづけます。
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レビューの内容は去年より今年の方がよかったけれど、昇給額は同じ。
ってどういうことでしょう??
多分交渉すれば少しは上がるかもしれません。
去年より良い仕事をしたのだから。
少しあげてもらって、それで気に入らなければ他の就職口をを探す、ということもできますが、あげてもらったら去りづらくなりそうです。
やはり中途半端な昇給に甘んじたくない。
子供3人をデイケアに預ける費用はとんでもない額で、それを一人でまかなえるほど今の収入はありません。
二人分くらいなら払えるか、というくらいです。
これは双子を妊娠したと分かったときから旦那と話し合ってきたことですが。
私が家にいて乳児二人と幼児一人をみるのは無理じゃないけど、メッチャたいへん。乳児一人と幼児一人ならまだいけたかも。だけど双子の乳児を抱えて、2歳の長男にどれだけアクティビティが与えられるか。テレビ漬けにさせてしまうのではないか。あれだけデイケアで楽しくしている長男を家に引き戻すことはできませんよ。それでは私が収入なくして長男をあずける(プリスクールなど)となると、財政的には苦しいです。それだったら私も働いて全員預けたって同じくらいの財政苦ではないか。私が働き続ければ経験も積めて昇給もするが、いま辞めたらそこでキャリアはストップしてしまう。
とまあ色々な要素を考えた上、結局私は働きに出たい、毎日大人と会話ができて、自分のスケジュールがあって、一日働いたら子供たちと会えて、夕方から充実した時間を持てる。
専業主婦になったら、旦那に「自分だけ外に出られてずるい、私は一日誰とも話せず子供の世話と家事をしてくたくたなのに。」と言い出すことがわかっているので、旦那は私が働くこと大賛成です。
お母さんがハッピーなら家族みんなハッピーということですね。(オバマ大統領もいってた。)
というのが主な理由で、莫大な費用を払ってデイケアに3人の子供を入れ、仕事に復帰してまいりました。
今回は長男を産んで産休から仕事を復帰したときと違って、意外とスムーズに復帰できました。
半日くらいオフィスにいたら、いままで休んでいたことが嘘のように思えてくるほど仕事に馴染んでいました。
仕事のスピードは遅いですが、この会社も5年働いているし、休む直前は忙しいシーズンでワーカホリック状態だったので、仕事に対する感覚がすぐにもどってきました。
でもやっぱりいまの会社ではやっていけません。
仕事の内容にもお給料にも不満があるからです。
実はまえまえから漠然と「こんな会社やめてやる!産休中に就職活動をして、産休後はもどってこないぞ!」と思っていました。
旦那のお母さん(お義母さん)にきてもらえれば、面接だってなんだってガンガンやって、意地でも転職してやるぞ。と意気込んでいました。
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4月のはじめから産休に入り、7月の独立記念日明けから仕事に復帰しました。
復帰する一週間前に、レビューがありました。
旦那が自宅勤務の日に子供たちを見ててもらい、久々にオフィスに行きました。
うちの会社では確定申告のシーズンも終わりしばらくしたところで、一年の総評価が行われ、個別に昇給がつげられる面接のようなものがあります。
去年の様子は
こちらです。
今年は去年と同じ直属の上司P氏に加え、税務部のパートナーのS女史が同席しました。
去年いたP氏の上司R氏はいませんでした。
監査のできない私は監査部トップのR氏と働くことが少なくなり、私の仕事ぶりもあまりみていないので、代わりに一番よく仕事ぶりをみてもらったS女史が加わったのです。
S女史はうちの会社の名前が「プライス・ウォーターハウス・クーパー」だったと仮定するとウォーターハウスさんに当たるひとで、二番目の古株です。
彼女のクライアントは特に個人(法人ではなく)が多く、パートナーのなかでもずば抜けて多いんではないかと思います。
3年前の確定申告のシーズンからSさんの仕事をたくさんもらうようになり、一緒に仕事をしているうちに、いろんなことを学ばせてもらい、彼女から良いフィードバックを頂いて良い関係を築くことができました。
S女史はハツラツとした60代で、何百人といる個人のリターン(確定申告)それぞれをきちんと把握していて、質問をするとすぐに回答が返ってくる切れ者です。
またクライアントとのやりとりを聞いてると思わずあこがれるような、カリスマ、知性を持っています。
会社のなかでは彼女を好かない人もいるのですが、それは多分彼女が女性だからだと確信しています。
男がごり押ししてもとがめられないのに、女が強く出れば打たれる世の中です。
今年のレビューは結果、P氏とS女史に褒められまくって終わりました。
1月から4月までの成績は4月を産休でほとんど休んだにも関わらず、平均以上だった。休みがなければかなりよかった。といわれました。
そして双子を妊娠しての頑張りは誰の予想をも超えたものだった、そうです。
二人とも私が関わったプロジェクトでライトオフしたものはない、といっていました。
ただ一つ云われたのは英語の文書で、メールでもメモでも間違いを見直しなさいといわれました。
冠詞(the とかaとか)の使い方で間違ってるのを指摘されました。
でもアメリカ人なんてtheir をthere にしてる人がしょっちゅういます。
P氏もやってます。それはまあいいとして。
そしてキメテの昇給ですが去年と同じ金額でした。
去年と同じ金額ということはパーセンテージにしたら下がるということですよね。
このパーセンテージですが、社内平均より上だから喜ぶべき、と去年と同じことをP氏はうたい文句のようにしていっていました。
でもパーセンテージはベースサラリーの低い私にとってはあまり意味がありません。
$100kもらってる人の5%は$5,000だけど、$50kもらってる人の5%は$2,500ですよね。
それに社内平均以上の成績を出している私の請求レート(クライアントにチャージする時給)が社内でも最下位から数えて5番目くらいなのはおかしいです。
レートが低すぎるから、成績もかなりいいのです。
このレートは給料に直結しますので、レートをみれば誰が自分よりもらってるかすぐ分かります。
正直、去年と同じ額なんてばかにすんなという思いでしたが、そこは出さずに、あーそうですか、といってにこやかにレビューを終えました。
文句をいっても「君は産休でずいぶん休んだし」とかいろんな言い訳があるにちがいなく、去年のレビューでもう文句を言うのは懲りたからです。
去年は前半悪くて後半良かった、これからも頑張りたまえといわれました。
今回前半を効率をあげようとしてもやはり仕事はまわってきませんでした。これは私の責任ではない。
後半はさらに効率を上げてミスも減らして、「ここを直しなさい」というメモをほとんどもらわないでやってこれるようになった、かなり仕事のレベルを上げてきたのに、去年と同じ昇給額なんてありえない。
ではどれだけ頑張ればもっともらえるのか?
それはもっと後になって分かるのでした。
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前回のブログを読み返したら、なんかいろいろ愚痴ってる感じですね。
いかに双子を持つことが大変か、みたいな。
産休について早く書き終えて、次のトピックへ行きたいのが本音なのですが。
産休も半ばに差し掛かった生後6週間くらいから、双子との生活のリズムもつかめてきました。
目からうろこ、というほどでもないのですが、二人とも泣いていたらどちらか緊急なほうを優先にして、片方にはしばらく泣いててもらってもよしとすることができるようになってから、幾分楽になりました。
息子のときは泣いてればすぐに抱き上げていたのですが、娘達はかなりの確立(50%)でほったらかしにされているので我慢強い子供になると思います。(笑)
双子といっても二卵性双生児なので外見も全然似ていなく、長女は髪の毛がフサフサで、次女はほとんどハゲ状態です。
長女は生まれたときから声を上げてよく泣き、ドラマクイーンです。
次女は落ち着いてて、泣くときもギャーというよりは、シクシクエンエン、といった感じです。
娘達を双子用のベビーカーに乗せて歩いてると、「双子なんですかー。」といって覗き込んでくる人がよくいますが、みんな長女の髪の多さを指摘します。
個性がちゃんとあって見分けがつけやすいのは、親としては便利だし嬉しい限りです。
産休は終わってみると早かったし、毎日もあっという間なのですが、そのときはながーく感じました。
赤ちゃん達は寝室にベビーベッドを一台持ち込みそこに並んで、私達夫婦と一緒に寝るので、どうかすると寝室から一歩も出ないで半日が過ぎてしまったりします。
最初の一ヶ月は風邪のウィルスなんかをもらうと大変なので、赤ちゃんを連れて外出なんてことはできず、もう囚われの身です。
最近双子ママのコミュニティーからメールで送られてくるニュースレターで読んだのですが、家にこもるのは良くないので、練習がてら赤ちゃんをベビーカーに乗せて散歩を毎日しよう、ということが書いてありました。まったく良いアイディアだと思います。
毎日やれば赤ちゃんを連れ出すのに持っていくものも用意したり、赤ちゃんをストラップで止めたり、色々と準備する動作がどんどんと速くなっていき、自分も外に出られて気分転換になる。ということで、もっと早くに知らせてくれればよかったなと思いました。
とにかく家にいて一日誰にも会わない日などは、シャワーを浴びるのは夕方長男をデイケアに迎えに行く前になってしまったり。
服も、Tシャツとショーツで寝ても起きても同じものを2−3日変えずに着ていたり、赤ちゃんの服も臭くなければ換えない、洗濯物が減るからちょうどいい、といった感じでした。
自分には家にいてそれなりのルーティーンを作っていくのは向いていなく、やっぱり勤めに出ないとダメだな、と思うと、仕事復帰も待ち遠しく思うようになりました。
産休前半は赤ちゃん達もただ泣いてミルクを飲んで寝るの繰り返しだったので、私も赤ちゃんと交流するよりは、テレビばかり見ていました。
よく観ていたのはケーブルのTLCとBravo、HGTVです。
退院してすぐは”Baby Story” とか ”Idid not know I was pregnant” “Make Room for Multiples” といった赤ちゃんものに惹かれ、それから”Say Yes to the Dress” “What not to Wear”といったファッションもの、”Flipping Out” “Millionaire Matchmaker” “Million Dollar Decorator”などのリアリティショーをハシゴして一日中見ていました。まったく俗な趣味ですが、Real Housewifeシリーズだけには入り込めませんでした。
産休後半は娘達も親の顔を見つめたり、スマイルしたり、あやしに反応し始めてきたので、テレビはやめて残り少ない子供たちとの毎日を大切に過ごすように、、、したかったのですが、やっぱりテレビ、見てましたね。(笑)
やっぱり一日中家にいては生活にメリハリをつけられないたちなのです。これはよくないです。
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前回のブログは、深夜に書いてて書き終われなかったので続く、にしてしまいました。
ニュージャージーに義母さん(旦那のお母さん)が帰っていった翌日が退院でした。
初めてミニバンに娘達を乗せて退院してくるすがら、桜が満開の並木道を通り、春に赤ちゃんが生まれるのはいいものだなと思いました。
なんとなく自然が祝福してくれているような、とてもおめでたい感じがして嬉しかった感覚をこれから桜が咲くたびに思い出すことができますよね。
家について、赤ちゃんのオムツを替えたり、ミルクを温めたり、哺乳瓶を洗ったり、のお世話コーナーなどをセッティングして、赤ちゃんをクリブ(ベビーベッド)に入れてたりしていると、義母さんも帰ってしまってこれから一人でやっていくんだな、と思い心が引き締まりました。
一人でやるといっても、最初の二週間は旦那が休みをとっていて全面的なサポートがあり、そのうえ娘達はまだまだ若くてミルクを飲んだらすぐに寝てしまうので、比較的楽にスタートできました。
そしてやはり、何をやるにしても自分の思い通りにやりたいので、些細なことでの義母さんとの小衝突、または彼女への気遣いで、よけいな苦労が増えただろうと思えば、気も楽になりました。(完全に自己中心な発言だなー。)
結果的に旦那が仕事にもどった後も、仕事のスケジュールが週に三日は自宅勤務だったので、必要なときはちょっと手を貸してくれて、大助かりでした。
旦那が家にいるときに娘達が二人ともぐっすり寝ている時間帯を見計らって、ちょっとした買い物に出かけることもできます。
平日の昼間にスーパーやモールに行くのは新鮮で、なおかつなんとなく後ろめたくもありました。仕事をしている同僚のことを思うと、なんとなくずる休みをしている気がしてならないんですよねー。罪悪感です。
だからといって仕事をしたい気は全然なくて、ショッピングを謳歌したい気持ちがムクムクと出てくるのを抑えてさっさと帰ります。
ところで、双子の世話は授乳時間をずらせば一人ででもなんとかなるものです。
なかにはタンデム授乳(二人いっぺんに授乳)をするつわもののお母さんも大勢いるらしいのですが、哺乳瓶の吸い方、角度、差込具合にも好みがあって、それぞれのニーズにお答えしていると、二人いっぺんは無理です。
二人の授乳と搾乳を3時間おきにやり、合間に自分がシャワーを浴びたり食事、洗濯などをしていると、昼寝をする時間がほとんど取れないのが痛かったです。
息子一人のときは毎日の朝と午後の昼寝が日課だった(これがすごく気持ちいい!専業主婦時代の醍醐味!)のに、今回は週に2回くらい昼寝のチャンスがくればいいほうで、そうすると平均4、5時間睡眠に慣れてしまいました。
旦那が勤めに出る日は、息子をデイケアに迎えに行かなくてはならず、娘二人をミニバンに乗せて迎えに行き、駐車場で誰かが息子を連れてきてくれるのを待ち帰宅。
その後旦那が帰ってくるまで約一時間は一人で子供3人の世話・相手をしなくてはなず、これが一番の恐怖タイム、というか気合を入れていた時間帯です。
家はタウンホームという長屋で、3階建てなので、子供たちの上げ下ろしにも体力と時間を取られます。
普段ジムにいったりジョギングする時間すらもないので、ちょうどいい運動になったのですが、そのときに決まって、3人いっぺんに泣くのです。
それぞれを移動させて、息子の食事、娘達の授乳をできるところまでやっているとみんな泣き止んで、その頃に旦那が帰ってきます。3人泣いて大騒ぎのところを一度見てもらいたいのに、なかなかチャンスがめぐってきません。
(続く)
双子出産にあたり3ヶ月の産休をとりました。
前回長男を産んだときと同じです。
今勤めている会社は産休制度はなしです。
ですんで貯めてある有給と病欠を使いました。
前回は3年間ほとんどバケーションをつかわずに貯めたので3ヶ月丸まる休めたのですが、今回それから2年もなかったので、有給は2ヶ月のみで、3ヶ月目は無給でした。
妊娠が分かって、皆さんに公表してからすぐ、双子の新生児の世話がどんなものなのか想像もつかずとにかく万全を期したいということで、ニュージャージーに住む旦那のお母さん(義母)に3ヶ月来てもらえないかと頼みました。
旦那さん(義父)もすでに他界しており、リタイヤしていて仕事もないので、快く承知してくれたのですが、今から思えば3ヶ月も来てもらうなんて、頼みすぎだったかもしれません。
帝王切開をする二日前から、義母と一緒に住む独身の義姉と二人できてくれて、2歳にならない長男を見てくれていたのですが、義母は私達が思ったより年老いているようで、体調を崩してしまい数日で帰る予定の義姉と一緒にまた帰ってしまったのです。
私と双子が退院する前日のことでした。
そうなることは私にはうっすら分かりました。
義母は優しい人で、気の強い私のことも理解してくれますが、やはり私と一つ屋根の下で暮らすプレッシャーに耐えられなかったようです。
赤ちゃんの世話のやりかた、方針にも、口を出したら私に怒られるだろう、と思うと気が気でないのでしょう。
そういったことは一切口にせず、ただ、「よその家に泊まるとお通じがこないくて困る」とだけ云っていました。
帰ってしまう前日は気分が悪くなって食べたものをもどしてしまったようです。
双子の世話の上に、病に倒れた義母の世話をすることになっては、私達夫婦も体力が持ちません。
(つづく)
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4月に双子が生まれました。
長男のときは24時間陣痛を味わってから、胎児の頭が大きすぎるとのことで急きょ帝王切開になったのですが、今回は最初から帝王切開を予定していて、これがかなり快適でした。
高年齢(39歳)ということ、双子ということ、前回も帝王切開だった、ということでドクターに勧められるまま、喜んで手術にしました。
陣痛を待つまどろっこしさ、陣痛の死ぬような痛さから開放されて、会社には「赤ちゃんを産むので来週からお休みしまーす」といって、産休に入り、旦那の家族には「この日が手術なので前日から(息子の世話に)きてね」とお願いでき、ベビーベッドの組み立て、部屋の掃除、片付けも前もって週末にやっておくことができ、計画通りにことをすすめることができました。
そして、病院にいってからもほとんど経験済みのプロシージャで、落ち着いて望むことができました。
エピドリル(下半身の麻酔)は前回の息子の出産のときは陣痛の激しくなる最中に行ったのですが、今回は病院のガウンを着て手術室まで歩いていき、手術台に自分で上って座ってからやってもらいました。
麻酔薬が管を通して脊髄に入ると、急に感覚がなくなり、なぜかお尻全体が温かくなる感じがしたのが笑えました。
手術室はかなり寒いのですが、お尻だけ温かいのが妙にいいかんじでした。(笑)
手術台に横たわり、目の前に青いシーツが張られると、麻酔は下半身だけのはずが、多少上にも上ってくるらしく、肺が圧迫されて息苦しい状態になり、パニックになりそうになりました。
麻酔の先生が、「脈拍もすべて正常でちゃんと呼吸もできてるからリラックスして大丈夫」というのを必死に聞いて、深呼吸していました。
そんなことに一生懸命になってるあいだに手術は進み、二分おきで二人の赤ちゃん(娘2人!)が生まれてきました。
すっかりきれいにくるまれた二人の赤ちゃんをナースがもってきて写真を撮ってくれたのですが、私の首の上に赤ちゃんをおいてくれたので、またもや息苦しい状態でした。(写真下)

もうちょっとマシな写真が撮れたらよかったのですが。
先生にそのあと「胎盤をみせてください」とおねがいしてナースが説明してくれるのを見ることができました。
2年前はすべてが初めてで、予想外で、ひどく感情が高ぶってたのですが、今回は常に冷静だったのが、自分でも驚きました。
生まれてきた息子に「生まれてきてくれてありがとう!」と思うと涙もどーっと出てきたものですが、二回目の出産、しかも二人の赤ちゃんがでてきてしまうと、「あー、しっかり健康そうで良かったわ。それにしても二人は全然似てないわ。」と淡々と観察している自分がいました。
病室でも、ナースが息子を連れてくるたびに、息子の泣き声が廊下に響き渡ると、すぐに自分の息子だと分かったのですが、今回はまったくダメです。
娘二人、他人様の赤ちゃんとすらも区別は全然つきませんでした。
息子のことは見るたびに「世界一可愛い赤ちゃんだわー」と感動していましたが、今回は片方は息子に似ていて、もう片方はなんだか年のいったオジサンみたいな顔してるわー、もう少し経ってから可愛くならないと、女の子だからちょっとかわいそうだわ。と心配になりました。
さて、双子が生まれてきてさぞ大変だろうと思う方が多いと思いますが、最初の2週間は寧ろらくでした。
少し早く生まれてきたせいで、二人ともとっても眠たいらしく、ミルクを飲むとすぐに寝てしまい、全く手がかかりませんでした。
そのままずっといくと思えば大間違いで、二人いっぺんに大泣きする日はすぐにやってきたのですが、2度目ということで経験もあり、またスイング(揺りかご・ブランコ合体型)やエルゴ(抱っこ・おんぶ紐)などの子育てグッズも万全に整えており、恐れていたほどではなく、自分でもラッキーだなと思いました。
ただ睡眠時間は昼間に赤ちゃんの寝ている間に昼寝、というのがなかなかできず、平均4−5時間ですが、これも慣れるものなのですね。
産休も今週いっぱいで終わり、来週から仕事復帰です。
娘達は、息子と同じデイケアに通うことになります。
そろそろ夜通しねて欲しいところですが、二人いっぺんにきっちり寝てくれたことがなく、ちょっと焦っている今日この頃です。
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気がついたら2月のブログから4ヶ月たっていました。
産休に入って落ち着いたらブログを書こうと思いつつ毎日伸ばし伸ばしにしてしまい、長い間かかないでいるとこれまたなかなか億劫になって、書くのが大変苦痛な状態でおります。
というわけで、今日は自分に強制的に更新させるために机に向かっています。
2月から今日までのあいだに、確定申告シーズンがあり、双子の出産があり、産休があり、あと2週間足らずで3ヶ月の産休も終わろうとしてます。
そして3月には宮城県沖大地震が起きて、日本をすっかり変えてしまうほどの出来事だったのですが、過ぎてしまうと何を思い出してもこれといって書きたいことが浮かんでこない。
ブログにはやはりリアルタイムでの勢いが重要だなとつくづく思います。
さて確定申告(タックス)シーズンはちょうど妊娠7、8、9ヶ月目にあたりました。
双子ということで2〜3週間早めに取り出したいとのドクターの勧めがあり、4月の初めに出産、それからそのまま7月4日の独立記念日まで産休ということになりました。
ということはタックスシーズン最後(4月15日)までは働けず、通常の70%くらいの仕事をこなし、産休にはいりました。
日本人平均からいっても小柄な体型なので、会社ではいつベッドレストになって仕事を休むかが危ぶまれたようで、新しく補強要員を雇ったりしているようでしたが、無事出産ギリギリまで働くことができました。
いい意味でみんなの予想を裏切ってやりたいと思っていたので、もう根性で毎日働いていました。
双子の妊娠はやはり体力的にハンディが大きく、すでにいる1歳半の息子の世話は大変でした。
うちはタウンハウスなので、階段も多く、家事がものすごく辛く、もしステイ・ホーム・ママとして息子と毎日家で過ごすことになっていたら、続かなかったと思います。
会社での仕事は基本的に一日中座っていられ、たまに適度に歩き回ることができ、好きなときに水分補給、トイレにいくことができたので、妊娠後半を過ごすのに理想的な環境でもありました。
そうそう、今回は特に膀胱が胎児に押されて小さくなり、トイレがかなり近くなって最後のほうは30分ごとにトイレにいっていました。
お腹はかなり大きくなったのですが、アメリカ人の妊婦さん平均からするとまだまだ小柄で「双子が入っているように見えない」といつも言われるのは納得いきませんでしたね。
こっちはかなりつらいのを耐えて頑張ってるのに。(笑)
一人目のときは腹帯というものをしなかったのですが、今回は妊娠6ヶ月目くらいから腹帯なしでは生きていけなくなりました。
そして最後のほうはマタニティーもどんどん小さくなり、着られる数が減っていき、最後の週は春になって暖かくなり、厚手のマタニティも着られなくなり、それでも意地でも新調したくないので、かなりいい加減な服装で、会社にいっていました。
さて、確定申告シーズンの仕事のことを今から思い出すとすべてが霧の中のような感じです。
今年で5回めということで、かなり効率もよく良い仕事ができたと思います。
会計事務所では、クライアントにチャージする時間を、プロジェクトごとに記録しているので、同じ仕事で過去にかかった時間、請求金額などがデータベースで調べられるのですが、ほとんどのプロジェクトを予算内におさめることができました。
ただ、いつ陣痛がきたり、ベッドレストや入院になったりするか分からないので、大きなプロジェクトがまわってこなかったのは、寂しいものがありました。
時間がかかるものはたいていビジネスの確定申告で、ビジネスの経験が今年はあまり積めなかったのが痛いです。
仕事の忙しいシーズンと妊娠の後半が重なり、人生のなかでも頑張った勝負のときでしたが、終わってしまうと苦労は忘れて、淡い思い出となってしまうようです。
記録としてはいいかげんなブログになりました。
次回は出産について触れてみます。

出産前日 − 自分ではかなりはちきれそうで苦しい状態 (でもそんなに大きくもないですね)
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原題:The King’s Speech
タックスシーズンにいよいよ突入しています。
去年の11月から1月半ばの会社での仕事の回ってこなさ加減、暇さ加減はかなりしんどかったです。
妊娠中でなければクビになってるであろうと思われ、辛い毎日でした。
正直、なんで自分がまだ雇われているんだろうと真剣に思っていました。
しかしタックスシーズンはやってきました。
毎日一応ちゃんと仕事はあり、残業できる分くらいもあり、一日があっという間に過ぎていくのは嬉しい限りです。
4月のはじめの双子出産、産休とくるまで一気に時が過ぎていって欲しいわけで、お蔭様で妊娠の状態も順調なので、仕事もぎりぎりまで続けていく予定です。
近況報告はさておいて、本題に入りましょう。
アカデミー賞に最多ノミネートという大物映画になってしまいましたが、地味な作品です。
いまのエリザベス女王のお父さんはジョージ6世という英国王で、どもりがひどくて内気で自分に自信のないまま、国王になってしまった。
その前の国王だったお兄さんが、離婚歴2回あるアメリカ人(ボルチモア出身!)女性ウォレス・シンプソンと結婚するために、退位してしまったからです。
そしてその頃第二次世界大戦が始まり、国王はラジオ演説をしなくてはならず、スピーチの下手なジョージ6世は、スピーチセラピストと二人三脚のようにして演説を見事にこなしていくのですが、それまでの苦労やら、国王になるにあたって泣くほど嫌だったことやらが紹介されていきます。
セラピストは、スピーチだけではなく心理的なことまで突っ込んで話し合い、育った環境や小さい頃のトラウマとなるエピソードなども明らかになっていきます。
ジョージ6世は家族の間ではバーティ(アルバートの愛称。英国の王室の人々にはファーストネームが6個ぐらい続く長い名前がついている。)と呼ばれていて、演じるコリン・ファースは本当に“バーティー”になりきっていた。
この映画は終始彼のクロースアップだらけなのですが、ハンサムだから許せるわけでもあるけど、やっぱり自身のない、どもりのひどい、モサい感じがいいのです。
ハンサムだけど、モサいって、日本で言うと小野寺昭あたりかな。ブリジット・ジョーンズの日記のキャラの延長上にバーティはいて、はまり役です。
もとはポール・ベタニーを念頭に脚本が書かれたらしいが、ベタニーがやってたらどんなだったか、実際の人物にもっと似ていたかもしれない。
でもやっぱり別の”バーティー”は想像もつかないほど、ファースは好印象だったです。
そして長身だから、海軍の軍服の正装姿はかなりしびれます。
対照的に兄エドワード8世役のガイ・ピアースは背が低いんだけど、これがプレイボーイだっただけあり、威圧感おおあり。実際ピアースはファースより7歳年下なんだそうで、それを隠すのも演出のうまさなのでしょう。
地味なストーリーに、超メジャー所ヘレナ・ボナム・カーターやガイ・ピアースがでてるところで、やはりオスカー狙ってますね。
スピーチ・セラピスト役のジェフリー・ラッシュはデニーロと比べられるほど役者バカで通った人らしいです。
この人はパイレーツ・オブ・カリビアンのバルバロッサです。
顔の皺の深さはいつも一緒だけど、毎回出てくる作品によって感じが全く違って見える人なので、あー、あれにも出てた。けど、わかんなかったー。というタイプの俳優で、この人もアカデミー・ノミネートされてますね。
明日はどうなることでしょう。
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原題:The Other Guys
去年亡くなったレスリー・ニールセン(rest in peace . . .)の「裸の銃を持つ男」を思い出すような、ポリス・コメディー。
笑いは「裸の銃」ほどコテコテではないけど、でもそれってありえないでしょ?という類の連続でゲラゲラ笑っていましたが、後半モタついたのが惜しい。
凄く真面目でデスクワークの好きなオタク警察官(ウィル・フェレル)とコンビを組んでいる熱血刑事(マーク・ウォールバーグ)が、オタク警官をどうにか挑発して事件現場や捜査へ連れ出そうとするけど、最初はうまくいかない。
で、真面目な方がいつも理路整然とまともなことをいって熱血君をかわしてるんだけど、だんだんこの真面目君どこか微妙に変なのです。
何が変って、乗ってる車が真っ赤なプリウスで、超美人の奥さんがいて、謙遜でもなく「まあまま可愛い」とかいってて、しかも大学時代に暗い過去があって、それは本当にありえない設定で、まあお楽しみです。
ウィル・フェレルはアダム・サンドラーと同じで真面目で寡黙な役がうまい。
しかもそれだけでは終わらず必ずキレるというか爆発するシーンが待っていて、お約束ですがやっぱりメインの見どころはキレ具合だとおもう。
プロットは最近話題となったポンジー・スキーム関連で、コメディーだしあまり重要じゃないんだけど、犯罪ものゆえに事件の解決は気になる。
それなのに後半話のテンポが落ちていってジョークも繰り返しが増えてつまんなくなっていった気がします。(それで後半20分寝てしまって、見直しました。)
それよりも、やっぱりマイケル・キートンが私はすきだなー、でもこの人の顔シワシワになっちゃったなー(59歳だって)、としみじみ思った映画でした。
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原題:The Social Network
『インセプション』のDVD、途中で寝てしまってまたちゃんと続きを見る気がしない。
なんだ、夢の話。じゃあ映画全体がディカプリオの夢なんじゃないの。とおもってしまうのです。
で、次にみた映画のこと書きます。
『ソーシャル・ネットワーク』は超面白かったー。
日本ではあまり普及していないらしいけど、フェースブックといったらアメリカではみんなアカウント持ってて、若者に一気に普及したというのもすごいのですが、そのあと中高年層のヘビーユーザーがかなりの勢いで増えたところが凄いと思う。
ベビーブーマーとかその辺の人たちが、昔々に疎遠になった友達や恋人と再会できたり、子供や孫達と「友達」になって写真やら社交活動のアップデートが見られたりして、創設者ザッカーバーグの意図しなかったところでどんどん広まっているらしいのです。
私も「友達」は多くないけどフェースブックは一日に一度はチェックする中年ユーザーの一人です。(笑)
そんな身近なフェースブックの成り立ちを描いたところ、かなりタイムリー。
しかも創立は2003年で、ほんとつい最近の話なのだから(っていうところが年ですね)、舞台になる大学キャンパスの様子とか、ファッションとか全然いまと変わらない。
物語はザッカーバーグがフェースブックについて訴えられる二つの訴訟と(プラス、そのまえに冗談で作った「フェイスマッシュ」で詰問されるハーバード大の理事会も)、過去の話が交差して描かれ、これって「しあわせの隠れ場所」でもあったけど、最初はちょっと混乱するけど、内容が明らかになってくるとテンポの良さも手伝って効果的。
やっぱり訴訟の法廷ではザッカーバーグのIntrovert(内向的)でAsshole(ヤな奴)キャラが良く出てる。
なかでも相手の弁護士とは頭脳のデキから違うということを見せ付けるシーンがちょっと痛快なのは、すっげえヤな奴でもジェシー・アイゼンバーグの俳優として魅力がなせる業なのでしょう。
そしてフラッシュバック(過去)の場面では登場人物の関係が明らかになる。
ハーバード大学キャンパス内でもヒエラルキーがあって、エリートだけが入れるクラブがあったり、親の金がモノをいったりといった環境や、ザッカーバーグのまわりにいるコンピュータ・ギーク達がどうやってリクルートされて、どうやってフェースブックを作っていくかの様子、かなり面白くかかれています。
ザッカーバーグと並んでジャスティン・ティンバーレーク演じるショーン・パーカー(ナップ・スター創立者)のキャラも強烈で笑える。
本人はあんなロックスターのような性格ではないとおもうけど。
ザッカーバーグを相手取る裕福な出身のハーバード大エリートで、ボート漕ぎ選手で双子の兄弟なんて、かなりアホ扱いされていて、それはそれで面白い。
彼らの訴えを一蹴するハーバード大学学長の態度も痛快だった。
それぞれのキャラに切れのある名セリフ、名会話がぞくぞくとでてきて、2時間あっという間だった。
最初はザッカーバーグの立場で始まったストーリーも、後半は彼を訴える元親友エドゥアルドに同情が行くような感じで終わるのも面白い。
まあ、いろいろな立場があるのでしょうが、結局関わるお金の単位がものすごいことになって、欲の出し合いになってしまったんですね。
ザッカーバーグも史上最年少のビリオネアになるほどだったら、やっぱり友達の数人出し抜いてきただろうし、友達も結局は普通じゃない金額を和解で手にしたようだし、みんなどっちもどっちじゃないかな。
久しぶりに眠くならない映画をみました。
デイヴィッド・フィンチャー、次のドラゴン・タトゥーはどうなるんでしょう?
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原題:Kids are All Right
いま『インセプション』のDVDを挫折しつつも見ている最中なので、そのまえにみた(たぶん去年)この映画、書いておかないと、という思いです。
オスカー候補のアネット・ベニングのレズ役が一番話題になってるけど、やはり私はマーク・ラファロが見たかった。
私の職場にシャロンというベテラン会計士のおばちゃんがいて、彼女はポリティカル(民主党寄り)な話やシングルマザーとして大変だった過去などいつも面白い話をしてくれるんですが、彼女と「マーク・ラファロはいい!」という話題になったらこんな話をしてくれました。
数年前に彼の出るブロードウェーの劇 “Awake and Sing!” を娘と見に行ったらしい。
最前列で観劇の最中となりに座る娘に“I just love him!” (彼が大好きよ!)といったら、マーク・ラファロはそれが聞こえたようで、シャロンにウィンクしてくれたそうです。
まあそれだけのことですが、マーク・ラファロ。ウィンクもらってみたいものですね。
彼の役どころはA・ベニングとジュリアン・ムーアの演ずるレズカップルとその家族(娘、息子ひとりずつあり)を結果引っ掻き回すことになる、匿名の精子提供者=子供達の父親です。
ヘルシーフードがウリのレストラン経営者で、無精ひげヅラのちょっといい加減なバイカー野郎なので、ベニング&ムーアファミリーの間で賛否両論なんですね。
そういった、良い・悪い、どっちともいえないキャラうまい。
子供として当然の興味本位的動機から、ティーンの娘と息子は実の父親にコンタクトをとってしまいます。
そこから娘と息子、両親(二人のママ)の反応がそれぞれで、面白いのですが。
ベニング&ムーアのレズカップルの日常も興味深いです。
レズって、ホモのアダルトビデオをみるんですねー。
レズものは、ストレートの女優を使っててフェイクが多いからって。
あと、レズカップルも自分の息子がホモなのか心配するんだなー、と思う箇所もあり新鮮でした。
エレン・デジェネレスとポーシャ・デ・ロッシのような、男役、女役の役割がはっきりしているキャラ設定は周りから見て分かりやすいです。
A・ベニングはツンツンのベリーショートで男役がさまになっているし、産婦人科医というキャリアもある一家の大黒柱で、いわゆるお父さんなので、生物学的父親が現れるのは嬉しくないの、すごく分かる。
J・ムーアは専業主婦の優しい母親。彼女はレズだけど両刀ともいえて、ラファロに惹かれてしまう。
そして一家は大混乱だけど、子供達を思う二人の心はいっしょだし、子供達も両親を思う心はストレートの家族と変わらない。
それだけのことですが、脚本も心理描写も良質のホームドラマでした。
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原題:Luftslottet som sprängdes / The Girl Who Kicked the Hornet’s Nest
新年明けましておめでとうございます。
昨日2010年もあと30分になってしまっていて、2010年に見た映画のレビューは2010年中に書かなくては、と思いながらパソコンに向かっていたのですが、この映画いつみたのか多分11月ごろだったかあまり内容も覚えておらず、そのうちにお腹が猛烈に痛くなってきて、ただお腹を下していただけだったのですが、妊娠中なのでちょっとパニクッってトイレの中で新年を迎えてしまったシネマガールです。
思えば2010年はぜんぜん映画ブログもできず、オスカーがどうなったとかという記憶もまったくない、シネマガールと名乗るのも恥ずかしい年でしたが、2011年はさらにプライベートで目まぐるしく忙しくなりそうで、ブログもさらにゆっくりやっていくことになります。
そんないい加減なブログですが、たまにチェックしてくださる方々、今年もよろしくお願いいたします。
ことしはまず、True GritとBlack Swanをみてみたいですね。あとクリスチャン・ベイルとマーク・ウォールバーグのボクサー物。
そんなことより『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』ですね。
あー、いったい何が良かったのだろう、この映画。
面白かった小説が映像化されているのを見たかっただけだったので、比較的原作に忠実なドラマを見て満足。取り立てて言うべきことはないのにレビューを書いてるのは三部作全部書いておかないと、という義務感です。すみません。
やはり小説の印象がつよいと、何が映画に反映されていたかあまり思い出せないわけで、映画はひどかった、というわけでもなく、印象はポジティブでした。
第二作目よりはプロットが複雑じゃないのでわかりやすく、リズベットが瀕死の状態で収容される病院の病室が自分の想像とぴったりかさなっていて、デジャブでした。
小説の原作者はものすごいリサーチをしたようで、スウェーデンの警察やらFBIのような組織の歴史が詳細に渡って説明してあるのですが、とにかく退屈でわたしは思いっきりすっ飛ばし、映画ももちろんすっ飛ばしていましたね。
作品の終わり方は原作と微妙に違います。
それはリズベットとブルムキヴィストの関係が映画ではもっと淡白なのを反映しているようです。
あー、次はもっと面白かった映画のブログをかきたいですね。
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会計士関係の記事でいつもコメントくださる方々から、IVFについても感想をいただきました。
残念ながらみなさん「管理者のみ閲覧可能コメント」で一般からでは読むことはできないのですが、女性だけに多少考えることがあるトピックであったのかと思います。
私は20代前半でアメリカに来ましたが、20代終わりくらいからここ(アメリカ)ではみんなが婦人科検診に行くということを知り、知り合いの紹介で見つけた産婦人科にて検診を定期的に受けはじめました。
その後婦人科系には何も問題なく34歳で結婚、CPAテストを終えて35歳から子作り挑戦を始めたのでしたが、自分に不妊の問題があるとは予想していませんでした。
しかし実際のところ、パップ検査、血液検査、尿検査と内診でずっと異常なし=妊娠できる、というわけではなかったのです。
そしてこればっかりは試してみないとわからず、不妊の問題に気づかずに、結婚しても何かの事情よっては子供作りを何年も延期していたかもしれません。
私の場合、産婦人科でもらうパンフレットを参考に1年試してダメだと思い、専門医に見てもらうことにしましたが、その専門医のクリニックでは35歳以上は半年でダメなら受診すべき、と指導していました。
35歳を超えると、さらに時間が貴重になってくるからです。
そしてすぐに血液検査と
HSG (Hysterosalpingography) という検査をしました。
血液検査では色々なホルモン値や、HIVやB型肝炎などの病気の有無を調べます。
病気の血液検査は旦那の方もやりました。
そしてもちろん旦那の精子の検査もやりました。この検査でうちの旦那は成績でいうとBプラスだといわれ本人は満足顔でした。
現在私の周りに不妊治療中のカップルが3組いますが、夫側の「種」検査で問題があるという人はいなくて、みんな逆に褒められたりしています。(笑)
旦那さんも奥さんもみな私と近い40歳前後で、やはり生殖機能と年齢の関係が悲しいかな男女平等ではないことが伺えます。
私の場合は血液検査は正常で、HSG検査で引っかかりました。
これはレントゲンで子宮内と卵管を見る検査で、カテーテルを通してレントゲンに写る液体を挿入し、子宮の形や卵管がつまっていないかなどをチェックします。
これはパップテストよりもかなり苦痛ですが麻酔なしです。
私は卵管がつまっていたので、担当だった若手のドクターが必死に「そんなはずはない」とカテーテルのサイズを再三変えて挑戦してくださり、かなり長時間苦痛に耐えることになりました。
結果、卵管の一方は完全につまり、もう一方はつまり気味。と判明。
担当医と相談の結果、そのあと、別のレントゲン専門医のところで全身麻酔をして卵管を開く手術をしました。
手術といっても開腹ではなく膣から行う軽いもので、外来で旦那に付き添ってもらいました。
その時点で私の卵管は両方開いたはずですが、そのあとの
人工授精は3回失敗しました。
人工授精はホルモン剤で卵胞を複数育て、排卵誘発剤でタイミングを計って排卵させ、あらかじめふるいにかけた精子を挿入するのですが、成功の確率は30%前後です。
比較的ローテクなことからお値段はIVF(体外受精)と比べると10分の1ほどですので、やってみる価値は大いにあり、上記通り3割の人が妊娠できるのですが、逆に言うと3割x3回やってダメな場合は成功確立はゼロに近くなってきます。
そして一度目のIVFにたどり着いたわけです。当時36歳でした。
私の場合は卵管のつまりが原因でしたので、卵管をバイパスするIVFが成功したのは理にかなっていたと思います。
こんな前置きを長く書いたのは、色々とコメントをいただいて、将来子供を持ちたいけれど、結婚の予定がなく自分の年齢も気になりはじめた、とか、不妊治療をするべきか迷っている、といった方々がいたら、こんなことを話しているだろう、と思ったからです。
さて、前回のブログで第二子を妊娠すべく2回目のIVFをトライしたところで終わりました。
結果は約2週間後の血液検査でわかります。
普通の妊娠検査薬は、服用しているホルモン剤などが邪魔をして当てにならず、血液検査を辛抱強く待つことになります。
このホルモン剤ですが、私はちょっとした失敗をしてしまいました。
卵胞採取したあと渡されるインストラクションには、次の日からプロゲステロンというホルモン剤を膣内挿入で服用するようにあったのですが、よく読まずに勘違いして、受精卵を体内にもどすまで服用しないでいいとおもってしまったのです。
そして間違いに気づいたのが3日目で、あさって受精卵をもどすプロシージャを控える時点になってあわてて服用を始めました。
プロゲステロンは、胎盤ができるまで受精卵を育てる役割をします。
だから受精卵が体にない時点では必要ないと思ってしまったのかもしれません。
一度目のIVFのときは、これはお尻にグサッと皮下注射をする形式だったのですが、簡単な膣内挿入に変わって、注意を払っていなかったのかもしれません。
間違いは間違いで、あとからはどうにもならないので、ドクターにも打ち明けず(ヒヤヒヤでしたが)それからはきちんと服用するようにしました。
そして前置きが長くなりましたが、2週間後の血液検査では、ポジティブがでました!
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)というホルモンの値を見ますが、妊娠していない人は5〜10以下で、それ以上は妊娠。(更年期の人には高い値が見られる。)
そして妊娠している場合、2日おきにその値が60%の割合で増えていかなくてはならず、その後2日おきに2回血液検査の予約をしました。
妊娠していても、その値が一定の割合で増えないと早期流産の可能性もあります。
そして2回目の検査で2倍以上の値がでて、3回目の検査はパスというお許しがでました。
これで妊娠はほぼ確実です。
2回目の血液検査から10日後に超音波の検査があります。
その時点で妊娠6週目で、心拍音が見られるはずだからです。
そのときは旦那もいっしょにクリニックにやってきました。
そして望んだ超音波では担当のドクターGも立会いました。
いつもの超音波テクニシャンの女性が、「これが心拍音」といっていますが、モニターは私と反対側に向いていて、旦那と担当医がうなずいているのが見えます。
まだ見せてもらえないのが不満ですが、心拍音が確認されて担当医のポジティブな顔を見て一安心です。
すると、担当医は「どうやら心拍音が二つみられます。双子ですよ。」といいます。
旦那と私は信じられず何を言ったらいいのか、考えたらいいのか、わからずです。
いまから思えば、1度目の血液検査の値は前回のIVFのときの倍でした。そして増え方も基準を上回り3度目の検査をパスしたので、双子の可能性は大いにありえたわけです。
というわけで、今回は双子妊娠、来春出産となり、タックスシーズンを最後まで働くことはできそうにありません。
それに関する職場での反応は良好ですが、いったい私の上司達がどう思っているか気にならないでもありません。
しかし、どこでだって会計士は何ぼでも雇えるが、自分の家族にとって妻、母は私一人。家族が最優先で行くしかありません。
そして、来春の産休中に転職活動を再開、ということもできますね。

双子の受精卵 超音波写真
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原題:Flickan som lekte med elden/ The Girl Who Played with Fire
このミレニウム3部作、本を読んでしまうとそのインパクトが強くて、映画の印象は多少薄くなりがちで、とくにこの第2作目がそうです。
第二作目ではリズベットの過去が明かされ、彼女の探偵劇、復讐劇がはじまる。
小説は二作目が一番内容が濃くて面白いのだけど、あまりにも多くのことが起こり、多くの登場人物がでてくるのを2時間の映画にまとめてるところにムリがある。
だから映画だけを見ている人にとって、こんなに速い展開でわかる人がいるのかな?というのが漠然とした感想。
余談ですが、この原作の作者はスティーグ・ラーソンというスウェーデンのジャーナリストで、この三部作の契約を出版社とした直後に心臓発作で亡くなってしまっている。
自分の処女小説が空前ともいえるベストセラーになることも知らずに亡くなり、共同執筆したとされるパートナー(ガールフレンド)は正式に結婚しておらず遺言もなかったことから、遺産を手にすることができず、小説の利益をめぐって、ラーソンの疎遠だった父&弟と争っているらしい。
先週末行ったコストコ(Costco)にもクリスマスシーズンならではの3部作ボックス・ギフト・セットが山積みになっていたし、この小説の生み出す富は計り知れない。
そんないわくつきのミレニアム・シリーズですが、第一作の終わりで小説ではリズベットがブルムクヴィストへの自分の恋心に気づき、クリスマスプレゼントを用意するのだけれどいざ渡そうとして、ブルムクヴィストが愛人エリカと仲良く歩いているところを目にし、所詮本気にしてもらえない恋なのだと、あきらめるところがあります。
これは第二、第三作へ向けて結構重要な情報で、それゆえにリズベットはブルムキヴィストを信用しリスペクトしつつも最後まで避けつづけることになるのですが、そんなおとめ心が映画の中できちんと表現されていたかわからない。
だから第二作目のエンディングの救出劇もあまりロマンチックには受け取れない気がします。
また第一作目で巨額の富を手にしたリズベットが二作目で豊胸手術を受けて、ファッションも少し落ち着かせて、「普通」になるところはあまり強調されていない。これはあんまり重要じゃないし生身の女優さんに豊胸手術させるわけにもいかないから、仕方ない。
第一作目とおなじで、映画でのなせる技なのは、素晴らしい景色。
彼女が購入した広大なマンションからの眺めをいくら小説で読んでも、実際に映像でみるのとは違います。
あと、リズベットの古い友人として元有名プロボクサーという人物が現れます。これは小説唯一の実在人物で本人が映画に登場していましたが、これが想像していたより若くていい感じの兄ちゃんだった。本人なのだからそれはそうでいいのでしょう。
小説と同じく、終わり方は全面的に「次回へ続く」で、第三作目をみないとケリが着かないようになっています。
それにしても、日本語版での登場人物の名前は、スウェーデン語に近くしてあるに違いありませんが、英語だとリズベットはリズベス、ブルムクヴィストはブロンキヴィストという感じで読むのですが、スウェーデン語はドイツ語に近いゲルマン系なのか、映画をみていてやっぱり英語読みに近いんじゃないかとおもった。
そして日本語版の小説はフランス語からの翻訳だとウィキペディアで知り、だから「バーガー女史」が「ベルジュ女史」になっているわけかなと、どうでもいいことだけど気になりました。
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仕事をどうすんのか、変えるのか、という話題からこのブログはいきなり「体外受精」について語り始めました。
これは自分の人生の記録の部分で、映画のことももちろん書きたい(というか観たい)ですが、忘れないうちに書いておきたいので、以下もそのトピックがつづきます。
興味のない方は悪しからずです。
さて、リラックスできるように、と特にやったことはなく、何もしないでいいことにしました。
あえてやったことをあげるとテレビドラマ『glee(グリー)』のシーズン・ワンDVDを毎晩のように見ていた、ということぐらいでしょうか。
あの番組は『アメリカン・アイドル』といっしょで懐メロ歌合戦的なところがお気楽にみられますね。
そしてたまに出てくる悪役のチアリーダー・コーチ(ジェーン・リンチ)の毒舌に爆笑していました。
そうして、前回の2倍の薬を投与しリラックスした結果、2年前よりも2個多くの合計13個の卵胞を採卵することができ、その卵胞たちもすくすく育ち(細胞分裂を繰り返し)ました。
卵胞の数はそれこそ個人差ですが、医師によれば5個から25個を取り出すのが目安だそうです。
この『採卵』は全身麻酔で10分くらい眠ってる間に行われます。
眠りから目覚めると、ナースと医師に「今日採卵できた個数は13個でした」と告げられます。
そしてここからの手順はこの
ウィキペディアのページにある方法とほぼ同じ。
旦那がその日にいっしょに持参した精子サンプルカップを渡し、カップにある名前とカラー・コードを何度も確認してその日は家に帰ります。
私は全身麻酔から起こされてもなお眠たい状態で、一人で運転して買えることは許されず、付き添ってくれた旦那と帰宅したのですが、前日から絶食し、当日の朝から水を飲むのも禁止されていたので、とにかくクリニックの近くのバーガー屋(FIVE GUYS!)に行き、空腹を満たしてから帰宅。
そのあと一日はとてもだるくて寝てるしかありませんでした。
次の日の正午ごろ、ナースが電話で受精卵の培養状況を教えてくれます。
培養状況としては、なるべく多くの受精卵が順調に分裂を繰り返していって欲しいわけで、受精しなかったり、分裂を途中やめてしまったりが多く、順調な受精卵が少なくなってきてしまうと危険信号です。
私の行くクリニックのプロトコールでは、受精卵を子宮にもどすタイミングは3日後か5日後と決まっていて、大雑把にいうと培養状況の調子がよければ5日後、ちょっと危険だと3日後です。
2年前にIVFを受けたときは3日後となり、これもまたプロトコールで35歳以上の人には受精卵を最高2個子宮内にもどすことを勧められ、一番成長状況のよい2個を子宮にもどしました。そして授かったのが長男です。
2個もどすということは双子の可能性もあり、多産関連の危険性も伴ってくるわけですが、1個だけだとまったく受精しない確立が高くなる。
このクリニックでの2個もどして妊娠の可能性は3割前後、そのうち双子はその3割のなかの15%ということで、私達は大多数のシングルトン(赤ちゃん一人)妊娠となり、医師の計算どおり、理想的な結果といえました。
今回、2日後にナースが電話をくれた時点で、受精卵の多くはうまく生き残っているので5日後にしましょう、ということでした。これは期待が高まる材料になります。
子宮内にもどす作業はちょうど婦人科検診のパップテストをやるときのような調子で診療台にねて、カテーテルを通じて注入します。
腹上からの超音波で挿入具合を医師が確認しながら行うのですが、超音波の都合上、膀胱がカラだと観察しにくいらしく、クリニック到着まえに何オンスかの水を飲んで置くようにといわれ、それがかなりきつかった。
飲みすぎたせいか、トイレに行きたくてしょうがなく、しかも診療台に横たわってからかなり待たされて(30分以上)とうとう我慢できなくなったことを申し出て、12秒間だけオシッコOKの許可をもらいトイレに駆け込んで、そのあとのプロシージャに望みました。
今回も2個の受精卵をもどすことを勧められ、その通りにしますとサインをします。
プロシージャ自体は本当にパップテストと同じような感覚。
痛みというよりは居心地の悪さが多少あって、時間にすると5分前後。
終わった後に、カテーテルに受精卵が残っていないか、診療室のすぐ隣にある研究室で確認され、その間診療台で10分ほど横たわり、プロシージャ終了。
2年前のときと違ったのは、そのあとに、Embryologist(受精卵をシャーレ上で培養する専門家)の若い女性が入ってきて、受精卵2個の写真を小さな厚紙の額縁に入れてくれたのでした。
その女性は「これがトップランナー達よ」といってくれたのが、印象的でした。
写真をみるとかなり思いいれも強くなり、ダメだったときのことを考えると期待しすぎないよう、あまり写真をみないようにしました。
でも受精卵挿入を行った医師も、私達の受精卵の質が良いほうであり、特に一個は最高級(top notch)だといってくれ、ますます期待が高まる一方です。

"トップランナーたち"
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前回のブログは転職活動を始め、一社と面接、落ちる、というエピソードでした。
通常なら一社落ちただけでは絶対あきらめていないと思うのですが、毎晩就職サイトのチェックをしながらレザメ(履歴書)を送り続けるのはかなりストレスになっていました。
タイトルのIVFは
体外受精(In Vitro Fertilization)のことです。
仕事を変わりたい一心だった私ですが、転職活動と平行してもう一つの賭けを展開していました。
実は2009年7月の第一子誕生は前年に受けた体外受精の結果でした。
出産は予期せずも帝王切開となってしまい、産婦人科医からそのあと一年間は妊娠することを控えるようにといわれ、その一年が終わろうというとき私は躊躇することなく第二子を産もうと再度チャレンジすることを決めました。
不妊治療のクリニックからもらう小冊子にしても、インターネットでのサーチにしても、女性の年齢と治療の成功率ははっきりとした関連があって、若ければ若いに越したことはないというのが結論です。
とくに35歳からの成功率の低下は顕著で、42歳を過ぎたら自分の卵子ではなくドナーからの卵子を勧められるらしい。
女性にとっては酷なことですが、平たく言えば年齢につれて卵子の質がどんどん悪くなってき、それは治療にとって致命的というわけです。
もちろん40歳以上でも自然に妊娠する女性はいくらでもいるし、年齢に関係なく妊娠しやすい女性は年齢についてさほど心配する必要はないかもしれません。
しかし不妊の問題を抱えている私のような女性にとっては、バイオロジカル・クロックは確実に時を刻んでいて、何を優先させるかの選択する場合、子供がどうしてももう一人欲しいとなると、治療は最優先になります。
仕事探しはいつでもできる。
子供を産んで一段落していからだと、ビッグ4のようなところに入社してガンガン残業してキャリアを積んで、ということは無理かもしれない。
けれど、中堅どころの会計士事務所や民間企業の経理部などへの転職は狙えるでしょう。(そうだといいんですけどね!!)
子供を授かれるのは限られた時間内で、それもいつ完全に無理となるかもわからない。
治療がすすむに連れて、転職活動を並行するのは無理だという当たり前のことがだんだん現実になってきました。
まず、新しく転職が決まってすぐに妊娠発覚、産休で休みます。というわけにも行きません。
転職が決まった時点でまだ妊娠できていなければ、事後妊娠ということでまあいいかな、とも思いましたが、この転職活動のストレスが、治療に影響しているような傾向がみられはじめました。
上のウィキペディアのリンクにある体外受精の説明は、簡潔ながら要領の得ているもので、読んでいただければわかりますが、最初の一ヶ月は卵巣を休める期間で、不妊のピルを飲まされます。
そして次の2週間に徹底的にホルモン注射を繰り返し、卵巣の卵胞を成長させ、「収穫」と呼ばれる卵胞を取り出す手術をします。
そのホルモン注射の量は完全に個人によって変わってきますが、私の場合2年前の量より1.5倍に増やした状態からはじめたにもかかわらず卵胞の成長が見られず、2倍に増やされました。
卵胞の成長具合は一日おき、そして最後のほうは毎日クリニックにいって超音波を使って医師が観察するのです。
最初の2−3回の超音波では成長が見られない様子で、医師は特に危機感をあおるようなことはいわないのですが、私自身はかなりあせりました。
前回は最初から順調に卵胞が成長していったように覚えている。
今回ホルモン剤が利かないのは、ストレスを抱えてるからではないか?
治療1サイクルにかかる医療費はとても高く、私の住むヴァージニアでは医療保険でカバーが義務付けられておらず、私の場合も100%自腹です。(お隣メリーランド州では義務付けられている。)
二年前の前回は、クリニックの提供する「通常の2倍のお値段を払うと、6回まで無料コース」にして一発で妊娠することができたので、今回は一回分ずつを払うことにしてあります。
そうすると、失敗したときの痛手は大きいです。
しかも妊娠するチャンスは、年齢とともに低くなる。
転職活動は中止して、思いっきりリラックスできるような生活に切り替える。
これが私のとった選択でした。
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原題:Män som hatar kvinnor/The Girl with the Dragon Tattoo
この映画の原作(3部作、英語版)を8月半ばから読み始めて、ほぼ一ヶ月に一冊というノロノロペースで読み終わり、映画もついに3本見終わった。
本を読んだ理由は
1. 私の周りの人がみんな読んでおり(うちの旦那、会社の同僚多数など)、口をそろえてすごい面白いという。
2. 3冊ともすべてNYタイムズのベストセラーにランキングされていてる。
3. 映画も公開されている。
というわけで、英語なので時間はかかったけど途中かなり夢中になって時間を忘れて読んだところもあり、なかなかスリリングな良い本だった。
全編通しての一番の魅力は主人公リズベット・サランデルのキャラクターに反するハッカー能力。
彼女は20代半ばで、身長150cm以下、胸はぺちゃんこ、短髪、服装はパンク。
(映画ではもっと“ゴス:Goth”だった。でもペチャパイで小柄なイメージのぴったりな女優さんをちゃんと選んでおり、さらにもっと筋肉質だったところは、動きの機敏なボクサー、というキャラに信憑性をもたせていました。)
見た目はティーンエージャーなうえ、高校もまともに卒業せず、補導歴もあるような一般社会からすると問題児なのだけど。。。
実は映像的記憶能力があって、天才的ハッカーで、愛用のマック・パワーブック一台で、人の身辺情報なんかを盗むのはチョチョイのチョイ。
他人と親密な付き合いを避けるタイプ(自身の内向的な性格と過去のトラウマから)というところもいい。
主人公が美人で、社交的で、人気者だったりすると、一歩引いてみてしまう。
人付き合いが苦手ゆえに彼女の非凡な才能を知る人は殆どいなくって、常にワイルドカード的存在なので、敵に追われる立場にいても、ハッキングのスキルを駆使してヴァーチャル上では敵の裏を搔いているところ、ハッキングってこんなこともできるの、というところが痛快で、読んでいてグングンすすむところでした。
そして彼女の秘密(ハッカーとしてのスキルなど)を知る数少ない人物の一人が、雑誌「ミレニウム」の敏腕ジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィストで、『ドラゴン・タトゥーの女』の主人公はむしろ、ブルムクヴィストといえる。
映画ではもう少しリズベットの出番を増やしていました。
ブルムクヴィストが敏腕ジャーナリストから、裁判に負けて落ちぶれてしまったところから物語は始まるのですが、彼の決定的キャラクターである熟女キラー的な要素は映画では抑えられていて、片っ端から中年女と寝ている、ということはなく、かなり堅実なキャラとなっている。
そして彼の愛人の一人、「ミレニウム」編集長エリカ・ベルジュの存在が映画ではかなり薄く描かれていて、これはかなり嬉しい。
このエリカ・ベルジュはウザイ以外の何者でもないのに、かなり彼女について多くのページが割かれていて、読みながら「こいつはいらないよねー、だれか殺してくれないかしらー。」とうちの旦那に漏らしていたものだった。
さて、この『ドラゴン・タトゥーの女』ですがミステリー的には『犬神家の一族』形式です。地方に住む豪族の家にやってきた主人公が、殺人事件の解決を頼まれ、怪しげなファミリー・メンバー一人ひとりを分析していき、最後はあっと驚くどんでん返し。
原作は600ページ以上で密度の高い内容だけど、映画はうまくメインのストーリーをさらーっとかいつまんでテンポよくできていて、3部作の中では一番完成度が高かったんじゃないかとおもう。
テンポ上、話の順序やストーリーのディテールが変えてあったりするけれど、既婚のエリカ・ベルジュとその夫公認の愛人であるブルムクヴィストの友情、とかどうでもいい話がスパッときられているところは、うまい。
ストックホルムの町並みや、地方の景色は想像したよりも綺麗で、映画ならではのなせる業。
でも、リズベットの強姦(拷問?)されるシーンはガガーンと見せ付けられて、サラッとすっ飛ばせないところはキツイところではありました。
あとは展開が速すぎて、本を読んでいない人はこれでわかるのかな?という点。
それはあとの第2作、第3作ではかなりはしょりすぎな気が。
それはまたあとで。
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月一更新になってます。
先週ものすごくブログに書きたくなったのですが、F2Cへのログインができなくなってしまい、カスタマーサポートにメールを出したりしてあっという間に一週間がたちました。
また仕事の話なので、興味のない方悪しからず。
上記の題ですが、6月に上司、そのまた上の上司との三者面談でのレビューがあり、不満が残っていたことを前回書いたのですが、もう絶対辞めたくなって就職活動を試みました。
6月後半、7月前半のことでした。
結果を言うと、レザメを出したのは5社で3社から電話がかかってきて2社と電話面接、そのあと一社とオフィスでの面接まで行って、結果はボツ。
まず、CPAということで就職探しはあまり苦労しないだろうと思われがち、というか私もそう思っていましたが、自分のやりたい分野、ポジション、エリアなどを絞っていくと今のご時勢あまり応募できるところがなかなかないのです。
それはいま、私とは違う分野、政府の軍事関係のコントラクターをしている親友のDちゃんも、テクノロジー関係の私の旦那も同じことをいっていて、転職を試みては取りやめています。
特にDちゃんと旦那は私と違って給料のランクが上がってしまっていて、給料を下げずに見つけるのは簡単ではないらしい。この二人は理系で、スキルや経験もあって、マネジメント以上のポジションで、こうなのです。
CPA歴まだ3年で40歳近い私は、どうしたらいいのか?
その課題は今もわからず、転職できずじまいの現状ですが、就職活動にあたって最初に私がしたことはレザメのアップデートでした。
2009年の秋に産休から職場復帰してすぐにぜんぜん仕事を回してもらえず不満が募り、同じ地域にある公認会計士事務所の数社にレザメを出したことがあります。
そのときは誰もウンもスンも言ってこずだったので、あのままのレザメではダメだと思い、LA在住の日本人でCPA歴8年先輩のMさんにレザメを送りフィードバックをもらいました。
Mさんは数年前公認会計士事務所を辞めて、クライアントだった民間企業にコントローラーとして勤めています。
彼女とは昔同じ職場で働いていました。
彼女の指摘は鋭かったです。
やはりレザメに、自分のやっていること、自信の裏づけのような職務内容の記述をどのように表現していくかがキーになり、今までの私のレザメだと、旦那に文法をチェックしてもらった以外は何のプルーフもしていず、かなり弱いものだったといえます。
Mさんの助言をもとに改定し、それをまた今度は近所に住むダイアンというおばさんに見てもらいました。
ダイアンおばさんは、ただのおばさんではありません。
2月の大雪のときに雪かきをいっしょにしていたら、実はCPAで、政府関係のセキュリティクリアランスの必要な仕事がみつかり、クリアランスをまっている、ということを話してくれたのでした。
彼女のバックグラウンドは政府機関の監査です。
彼女に思い切って「レザメをみてくれる?」と頼んだら、快く引き受けてくれ、かなりプロフェッショナルな(少なくとも私にとっては)レザメとなってもどってきました。
クレイグズ・リストと有名職探しサイト二つを毎晩チェックし続け、レザメを送った結果、直に会う面接をしてくれたのはBig4の次にくるような大手のA社でした。
レザメを提出した翌日にリクルーターから電話がかかってきて、翌々日に電話面接。
翌週に直接面接でした。
CPAとなってからの面接は初めてで、経験も自信も半信半疑状態なわけで、緊張度は今までに経験したことがないほどで、胃は痛くなるし、夜も寝られなくなるくらいでした。
どんなことを聞かれるかの例文を就職サイトでみつけ、答えを全部書き出してすぐに答えられるようにしたり、自分なりの準備をしていき、面接自体でコケるこということはなかったと思います。
質問されたことはすべて、自然に答えられた、と思います。
結果オファーを出せません、申し訳ありません。というメールの中にあったのは、このポジションは競争が高かったとのことで、決してあなたのバックグラウンドのためではありません。という文章でした。
面接でなんとなく感じたのは、大手で働くには大手での経験がいるのだな、ということです。
今の会社は社員数40人のローカル事務所で、クライアントも中小、ローカルで、株式を公開しているようなところはありません。
大手にいくと株式の公開されたパブリックのクライアントがメインで、そちらの経験がまったくない私は、面接で正直に言うしかありませんでした。
応募したポジションはシニア・アソシエートといって、入門生ではないので、未経験の分野のトレーニングが必要だと、競争では負けてしまいます。
A社は有名どころで、まさか面接までいけるとは思っていなかったので、チャンスがあるかも、と思ってしまったら、「あー、A社に入れたらなー」という強い願望がもくもくと出てきてしまい、落ちたときはショックなのと「あーやっぱりな」と思ったのと半々でした。
負け惜しみをいうと、A社のロビーのフラット・スクリーン・テレビでFox Newsが流れていて、あんんなチャンネル流している会社は、こっちからごめんだわと、思いを断ち切りました。
その後も、毎晩就職サイトのチェックを欠かさずにいたのですが、それは自分の思った以上にストレスのある生活になっていました。
次回に続きます。
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原題:Babies
アメリカでは今年母の日の週末公開で、映画館によってはベビーカーに子供を連れてくるのもオーケーというところまであった。
私も一歳未満の息子がいて、予告編みたらこの映画が待ち遠しくなった覚えがあります。
DVD発売後に期待も大きく膨らんだあとみて、でてくる赤ちゃんはみんな可愛いけど、結局自分の子供よりは負けるので退屈を押しながらみる自分がいた。
ナミビア、モンゴルの赤ちゃんは未開の地でたくましく育ち、東京、サンフランシスコの赤ちゃんはハイテクやら、高層ビルやら、ジャグジーやら、体操教室やらに囲まれて育っていく対称性、そして人間の赤ちゃんはみんなおんなじという普遍性。この両コンセプトはわかりやすいし、どの国の人がみてもわかるようにできている。
でも退屈が抑えきれないのはなぜでしょう?
ナレーションはなくて、バックに映るママ、パパの会話の字幕もないので、ナミビアとモンゴルのママの会話はわかりません。でもなんとなく何を言ってるのか想像がつくのでいい。
それよりも言葉はわかる東京とサンフランシスコの環境が、アメリカに住む日本人という立場からすると平凡すぎてインパクトが弱いのだ。
都会の赤ちゃんのシーンになると退屈になる。ということに気づきました。
ナミビアのお母さんはすごい。
その地方では大人も赤ちゃんもふんどしレベルの布というか縄しかまとわず、体中を赤い粉で染めて民族のアイデンティティをあらわしている。
そこでは紙オムツはおろか、おしめもしない。ウンチはお母さんの膝で拭いて、お母さんはそれをトウモロコシの芯で地面にこすり落とす。
子供の衛生をしょっちゅう気にしている文明圏の親とはちがって、(うんちが落ちているかもしれない)地面に赤ちゃんを座らせて長時間放っているし、そのせいなのか赤ちゃんはかえって手足の動きの発達、コーディネーションの習得も早いようだ。
モンゴルの赤ちゃんの環境もそこまで原始的ではないけれど似ているし、鶏や猫や家畜に蹴られたり蹴ったりしながらたくましく育っている。
モンゴルの赤ちゃんにはまだ小さいお兄ちゃんがいて、しょっちゅうぶって来るのにも耐えなければならない。
(ナミビアの赤ちゃんにも従兄だか近所のちびっ子がいて、噛み付いたり、遊んでいたものを取り上げたりする。)
都会の赤ちゃんは二人とも一人っ子で、周りがみんな大人なのも対照的。
(余談だが遊牧民ながらのテント家屋のよこに巨大な衛生アンテナが立っているところも見逃せない事実。意外なところでハイテク。)
日本の赤ちゃんは特別に可愛く思えるかなとおもいきや、一番可愛くなかった。
たった一人でオモチャで遊びながらだんだん思うように遊べなくなり欲求不満で泣くところがあって、それがぜんぜんかわいくない泣き方というか、ちょっと怖いくらいで、やっぱり日本人だったら、うちの子供のほうが(半分ベトナム人だけど)ぜんぜん可愛いわ、という親バカ結論になってます。
うちの旦那は最後まで我慢できずに寝てしまい、翌朝うちの15ヶ月の息子と見逃した部分を鑑賞。
息子は気に入って観ていたというので、赤ちゃん同士、興味をそそられる部分が大いにあるのかもしれない。
でも1歳児が1時間以上映画を見るなんて無理だから、観客対象はやはりごく最近赤ちゃんが生まれたママ(もしかしたらパパも)限定で、それ以外の人のことは無視したコンテンツといえます。
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また仕事の話です。だれも読んでいないかも知れないけど、自分の日記として残しておくために。
ことしは確定申告件数としては個人申告およそ100件、法人申告およそ30件担当しました。
前年から引き続きまわってくるクライアントだと、勝手がわかっていて効率がグンと上がります。
逆に初めてのケースだと、意外と時間をとられるような落とし穴があったりで、ライトオフしなくてはいけない時間も出てくることがおおく、特にそこが私の弱点でもあります。
熟練している人だと、どんなケースでもそこそこのスピードでできるようです。
今年は不況のあおりがまたさらに色濃くでていて、リストラされているクライアントが増えているようでした。
クライアントの多くは夫婦で年収$200K以上という人々が多いのですが、そういう人たちは手堅くやっているかと思えば、あっさり首を切られてしまっている人もいました。
あるインターネット系の会社の役員だったクライアントは年収$400kだった役職からレイオフされていました。
それでもヘッドハンティング会社を通してまた別会社の役員のポジションがみつかって、年収$150kくらいに落ち着いていて、私からすれば$150Kとはうらやましい限りの金額ですが、$400kの予算で家のローンやらなんやら組んでいて、仕方なく401kを切り崩すことに。
そうすると税負担が一気にまた上がり、悪循環なのです。
また、一番印象に残ったクライアントは、60歳過ぎのシステムエンジニアで、5月にリストラされ、11月に心臓発作でなくなってしまったのです。
残された家族は奥さんとティーンの娘二人で、これからどうやっていくのだろう、生命保険はでたのか(生命保険金は課税対象ではないので、こちらではわからない)、とあったこともない人々このことを本気で心配してしまいます。
ちなみに、こういったケースについてブログなんかで論ずることは、私たち公認会計士の「倫理」コードではご法度なのですが、個人情報が漏れるわけではないし、日本語でどれだけの人が読んで個人を特定できるのかと考えるとまあいいのではないかなと思って書いてしまっています。
あとで読んで、ああ、あれがあの年だ、とわかるような記録として。
そして自分に対するマネージャーからの評価ですが、去年の不満足な結果からすると上昇したのですが、ぜんぜん自分の期待してた通りではなく、かなりマネジメントに対して不満が残りました。
タックスシーズンをふくめた後半はよかった、社内平均以上の働き振りだった、が前半がいまいちだった、といわれました。
前半の半分は産休で、その復帰後はすべての仕事が他の人に回されて仕事がなかったのです。
私はそれは自分のせいではないから評価の対象にはならないと甘い考えを抱いていたのでしたが、数字にすると産休という理由がなかったらクビになる値だ、といわれてしまいました。
これはショックです。
さらに、産休に入るまえは陣痛が始まる日まで働いたのですが、そうさせてくれたことに感謝すべきだ、と暗にいわれました。
ここで産休と書きますが、うちの会社は産休、育児休暇制度はなく、自分の持っているバケーションと病欠、コンプタイム(前回のブログ参照)を使うしかありません。
特別に休みをくれるわけではないのなら、ギリギリまで働こうということで、出産予定日の一週間前に陣痛が始まるまで出社していたのですが、最後の一ヶ月はやはりいついなくなるかわからないということで、仕事があまりまわってこなくなり、エフィシェンシー(効率)が落ちており、そこを突かれました。
では、産休をしたことによる打撃を私は受けているんですか?
私のレビューをした直属の上司P氏とその上の上司R氏は、二人とも男性で、もちろん自分の奥さん達も子供が生まれて、まだ小さかった頃は仕事をやめたり、減らしたり苦労したので、君の苦労はわかるよ、みたいなことを言われて、二人に対して忠誠心とか、尊敬が一気になくなってしまいました。
絶対わかってないからそういうことを言うのです。
まあそれ以外にも私の置かれているポジションは以前に書いたとおりあまり芳しくなく、会社に対して不満が募っているので、職探しをしよう、という展開になります。
それについては、またの機会に。
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原題:Hachi: A Dog's Tale
犬もので、日本の実話をベースにしたハリウッド版リメイクといえば『南極物語』と同じ流れ。
『南極物語』ではハスキーが可愛かったけど、同じように尻尾がまるまってて耳のぴょんと立っている日本の犬はやっぱり最高に可愛い。
あと、首の周りの毛がふさふさモコモコとしているところがグワッとハッグしたくなりませんか?秋田犬、柴犬、ハスキー、マラミュートは私のツボ犬君たちなので、この映画も絶対みたかったのです。
もちろん教授が亡くなってしまってからは涙涙の連続で、日本人だったら当たり前にわかりきったストーリーだけど、主人公ハチの可愛さをうまく撮ったところでこの映画の目的は80%達成できていると思う。
あとはR.ギア、J・アレン、J・アレクサンダーが、ハチの邪魔しないように抑えた演技で、良質です。
最初は柴犬の子犬を使ったということで、それはそれで可愛いですが、そのあと半年たっていきなり大型犬になって、リチャードギアに子犬のつもりでまとわり着いてるところ、ハチはメッチャかわいいです。
リチャード・ギアは本当にあの犬を飼っていたんじゃないかと思わせるくらいのまとわり付きよう。
柵の下を掘って脱出して駅まで教授に会いに行ったり、じっと駅の前に座って教授を待ったり、それぞれの性格の変化に合わせて違った秋田犬を使ったそうですね。
秋田犬は自分のやりたいことをやる性格で、飼い主に媚をうるためにボールを拾いに行ったりしない、というところがこの映画で紹介されていて、それだけに教授とハチの絆を強調しています。
アメリカであまり大ヒットしたわけではないので、これを期に101匹ワンちゃんのダルメシアンのように、クリスマスで子供に秋田犬を与える親が増えるということはないのが幸い。
アメリカに広まっているAKITAは茶色一色じゃなくて、黒や白も混じって顔つきも違う感じがして、ボクサーやシェパードが混じってるんではないかとおもう。
10歳あまりで亡くなってしまったハチですが、やはり純潔種は短命なのですね。
やはり犬を飼うならシェルターから雑種を引き取るのが一番だ、とうちの旦那はいいます。
息子は1才超えたばかりですが、おむかえに住んでいるゴールデンリトリバー2匹にぞっこんで、いつ「犬を飼いたい」というか、時間の問題なのですが、私の密かな願いは柴犬です。
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またまた長いことブログサボっていたら、自動ログインできなくなっていた。
このF2のログイン方法がなんだか変わっていて、IDがメールアドレスからcinemagirlにかわっていたり、サイン・インする画面もひたすら混乱する構成で、テク・サポートにメールを出して3日後に返事をもらってようやくまたログ・インできました。
これからはこのようなことがないよう、ブログ更新に勤めたいとおもいます。
さて、タイトルを「タックス・シーズン#4」と書いたのですが、やはりこのことを忘れぬうちに記録しておこうと思います。
会計士関係のことでこのブログを見つけて読まれる方々もいるということで、そういった読者限定トピックですので、あしからず。
公認会計士事務所勤めのCPAの人たちは、「今年は10度目のタックス・シーズンです。」とか「あなたはタックスシーズン何回こなした?」といった言い回しで各々の経験度をアピールするのがこの業界のようです。
面接などでも必ず、タックスシーズンは何回やったか聞かれます。
2月から確定申告締め切りの4月15日までのことですが、会計士事務所のタックスをやっている人々は長時間労働がつづく、別名「忙しいシーズン(busy season)」ともいいます。
12月31日が年度末の会社は3月15日が申告の締め切りで、個人の確定申告は全員4月15日が締め切りだからで、クライアントのほとんどがドッと仕事を送ってきます。
10月までの申告締め切り延長を申し込む人も、返金がくるのか、払い込まなくてはいけないのか見積もって4月に少し大目に支払いをしておかないと、IRS(国税局)は足りない分の罰金と利子を追加してきますので、やはり4月15日までは殆どのクライアントの確定申告に目を通さなくてはなりません。
まあそんなことで、書こうとしたとこから話がずれました。
そうです、長時間労働の2月、3月、4月です。
残業代はどうつくのか、それぞれのファームによってちがうと思いますが、私の働くC社では、週50時間から52時間が強制で、土曜の午前も出勤が義務付けられています。
この期間多く働いた分は夏に回され、5月から8月まで週36時間となり、金曜日に休みをとりたい人は月曜から木曜まで一日9時間はたらいて、週休3日にするのもあり、というシステムで、社員はみんな気に入っているようです。
秋のまあまあ忙しいシーズンがくるまで、夏は暇で週40時間分の仕事を確保するのはタックスだけでは難しいので、これは理にかなっています。
シーズン中、一日10時間ずつ月曜から金曜日まで働いて土曜日にまた数時間いれれば週52時間は楽勝なのですが、この最低限52時間しか働かない人はあまりいません。
52時間以上働いた時間はコンプタイムという代休時間に貯められるので、仕事があるうちに働き、稼げるうちに稼ごう、ということでみんな平均して58時間から65時間くらい働いていのではないかと推測します。
大手の法律事務所の弁護士さんたちはこのペースで一年中働いてるんだから驚きです。
私の場合は60時間を目標でやって、だいたい58時間平均だったと思います。
このシーズン、俗な言い方ですが子育てと仕事の両立はかなり大変で、これは旦那のサポートなしでは成り立たず、4月15日が終わって、土曜出勤もなくなった瞬間一番喜んだのは家の旦那だったかもしれません。
朝7時に出勤して、夜の7時、8時くらいまでの残業を毎日やればいい話で、日本のサラリーマンからしたら当たり前なことのようですが、そうしたら日本のワーカホリックお父さん並みの子育て時間しかとれない。
平日に子供に殆ど会えなくなってしまいます。
それは避けたかったので、5時に退社して子供をデイケア(託児所)に迎えにいって、ご飯を食べさせお風呂に入れて寝かしつけ、8時、9時からまた自宅で仕事、という戦法でいきました。
8時に寝る子供であれば、10時就寝としても2時間働けます。
ところがうちの息子は9時まで寝ない。
9時から働くといってもだいたい10時過ぎごろから疲れてきて集中力がなくなってきて、複雑な仕事は効率が下がります。
それを思うと、徹夜で仕事している人たちはどうやっているのか、私自身としてはありえない話です。
そして極めつけが、子供の病気。
2月、3月は風邪の流行る時期でもあり、うちの息子は高熱と下痢で主治医から救急病院に行かされ、一週間デイケアもお休み、という騒動があり、旦那と私はその間午前と午後入れ替わりで出社しという状況。
もちろんせっかく貯めたコンプタイムが目減りしていきます。
まあ今回はそんな感じで、大変だったけど私、頑張ったわー、というブログになってしまいました。
次回は仕事の内容と、その評価について少し書こうかとおもいます。
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原題:Sherlock Holmes
また2ヶ月経過後の更新。
まったく映画みられていない。
ブログの書き方も忘れてしまいそうな今日この頃です。
5月に日本へ里帰りしたとき、全日空の最新型777にのりました。
エコノミーでも小型モニターつき、オン・デマンド(いつでも何でもみられる)で、映画、テレビ番組、ビデオのチョイスも豊富で、いつもならたぶん往復10本は見ていただろうと思われましたが。
子連れではそうはいかず(旦那もいたけど)、この「シャーロック・ホームズ」を見ようとしては中断されの繰り返しで、たぶん10回は繰り返しただろうか?
プロットはぜんぜん複雑でないので、このリピートは辛かったです。早送り機能はうまくいかなかったし。
ブログに記録するためにも頑張ってみたけど、記憶に残るところといえば、Foxのテレビ番組「HOUSE」の主人公キャラは、ホームズがベースなんだな、とわかったこと。
瞬時の洞察力で、相手の正体、状況、バックグランドなんでも読んでしまうあれも、Houseの専売特許の、相手に失礼なほどざっくばらんな態度も、ホームズがオリジナルで、友達のウィルソンはもちろんワトソン君がオリジナルなのでした。
ホームズ物は読んだこともテレビシリーズも見たことないので、原作に忠実なのかわかりませんが、ジュード・ロウのワトソン君は19世紀のコメディっぽさに爽やかさ融合していて、好印象。ダウニーJrとの息もぴったりだった。
悪役のブラックウッド卿の女性を殺す儀式の目的とか、人を操る怖さとか、説明不足。
レイチェル・マクアダムスは少し役者不足。
次回作につなげる終わり方は、ホームズ物のお決まりなのか知らないけど、コテコテの様式美でダウニー・Jrのアップのスケッチで終わり、もよいスタイルだとおもう。
イギリス英語だったけど、日本語字幕があって久々にそっちを追ってしまった。
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