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地震があった
Tue.23.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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東海岸のみなさん、地震のときは何をしていらっしゃいましたか?


私は会社で自分の机にいて、メンター兼オフィスメートのスティーブンと顔を見合わせて「これは地震だよね。地震だよね?」と半信半疑に確認しあっていました。


同じフロアの隣のオフィスが全面内装工事していて、初期微動のときはその振動かとおもったけど、さすがに本ゆれのときは揺れが引くまでちょっとビビりました。


オフィスは7階にあったので、震度5はいってたと思います。


みんなオフィスから廊下に出てきて

「いまのはなんだったんだ?」
「工事の振動だよ」
「地震よ。友達がフェースブックでもう色々騒いでるわ」

としばらくざわめいていました。


みんなが仕事にもどった頃、パートナーの一人(私の二次面接をしてくれたパートナーH氏)がスタッフ全員へ向けてアメリカ地質調査所がマグニチュード5.8を発表したリンクを送ってきました。

H氏はそのあと私のデスクに来て、「今の地震はどうだったかい?」と聞いてきました。

地震国の日本出身である私の意見が聞きたかったのでしょう。

私「揺れは結構激しかったですね。日本でも2-3年に一回くらいの規模だとおもいます。」


H氏「ワシントンDCの記録を破ったらしいよ」(満足げな表情)


H氏は面接で話が出たのをこのとき思い出しましたが、幼少の頃に軍のお父さんの関係で横須賀に住んでいたことがあるのです。

それで日本にいたとき、地震は珍しくなかったことを覚えているそうで、だから「おれって経験者」的な不敵な表情があり、おかしかったです。




そのあとまた別のパートナーが近くのビルのレンガが落ちてきて車が何台も破損している写真をメールしてきました。

パートナーともあろう人々が、「地震すごいな、びっくりだな」的なメールを流して時間をつぶして。


そんな会社です。ここは。(笑)


日本からしたら、特に昨今の余震だらけの状態からしたらなんてことない揺れだったんだと思いますが。



バージニア州のそのまた南部で生まれて育ったスティーブンはこの地震が、初めてだそうです。


だから東海岸のアメリカ人は大騒ぎでした。


ホワイトハウスも国会も避難させられたらしい。


だいたいこの辺では地震なんてめったにないから、建物自体が地震に耐久できるようにできてないみたいで(大理石とかふんだんに使ってあって)仕方ないのでしょう。


私はすぐに旦那に電話しようとしたけど、携帯ラインは混雑しててつながりませんでした。


911のときのことが一瞬よぎりましたが、その後一時間もしたら旦那がすでにデイケアで子供の安否も確認したといってきたので、一安心です。



さて、その後新しいオフィスでの毎日ですが、


残念ながら、仕事がジャンジャンきて山積み、という理想の構図にはならず、一日のうち1-2時間は暇な時間ができている状態です。


スティーブンに最初はクライアントベースがないから仕方がないといわれて安心してていいのかな、と思いつつ、暇になると「仕事ないー?」とみんなにお触れてまわっています。


またスティーブンという人の「癖」に慣れるのにちょっと時間がかかりました。


かなりタックスには精通してるオタクくんだけど、ちょっと自負が強い感じ。


そこを上手に持ち上げないと、というところがちょっと面倒です。


そんなこんなで、日曜の夜は翌日の会社のことを思うとちょっと憂鬱になりました。




先週はひとつ印象に残る確定申告がありました。


ミシガン生まれの52歳の女性で、去年の10月に心臓発作で急に亡くなってしまった人の、最後の確定申告です。


彼女はナースをしていて、死亡診断書に「ヘルスケア・サポート・スペシャリスト」とありました。

なのに心臓発作なんて。


この国にはありがちなことかもしれません。


急なことだったので、遺言も何もなく、裁判所が遺産相続の詳細を決めるそうで、近くに住む妹さんが法定代理人になっていました。


彼女の財産はタウンハウスと、2001年型シビック、貯金が150万円と、401(k)が400万円くらい、家の家財などの査定が30万くらいでした。


52歳の独身の女性としては裕福でなくても、不自由のない暮らしだったのでしょう。


タウンハウスは今年の春に5千万円くらいで売れていました。


職業の所に「ナース」としたら、リビュー(見直し)からもどってきて「故人(Deceased)」に直されていたのがなんとも悲しかった...

人のためになる立派な仕事をして、一応ちゃんと蓄えもあって、家の修理もし(前年に窓を取り替えて省エネのタックスクレジットをもらっていました)、つつましく暮らしていたのに、ある日突然亡くなってしまう看護婦さんのことを考えてここでも鬱になってしまいました。



さて、今日は地震のあと嬉しいニュースがありました。


同僚のシニア会計士の一人であるZちゃんからおめでたの報告がありました。


予定日は1月ということで、確定申告のシーズンは来年はお休みですね。


彼女は性別は前もって知りたくないそうです。


そういう報告をきいて、おめでとう!っていって妊娠についての話に花を咲かせていると、この会社の歴史の一部をもう共有させてもらっている感じがしました。



来週はまた新しい社員が入ってくるそうです。


私もそうやって少しずつ良くも悪くもブラン・ニューじゃなくなっていっていくようです。



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転職 その5
Sun.14.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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今週から新しいT社での仕事が始まりました。


5年ぶりに新しい会社で働くので、緊張しました。


感想としては漠然と、ちゃんとした会社に来た、ですね。


前の会社は社員数40人、新しい会社は50人で、その差10人なのですが、インフォーマルな前者に対してフォーマルな後者という感じです。


新しい会社は去年の11月に内装を一新したそうで作りもモダン。


そのせいか、社員の服装も(特に女性が)どこかきちんとしています。


お洒落というわけではないけど、スカートやワンピースを着ている人が多く、洗練されている感じです。


オフィスがきれいだと、服装もそうなるのかもしれません。


私もこれでは服装に手抜きはできないぞ、と、思わず金曜の午後会社が終わった後、アンテイラー・ロフトへいって$500以上も使ってワードローブを新調しました。(今までのショッピングで最高額かも。)


妊娠前に着ていたビジネス用の服も沢山あるのですが、いま母乳を搾乳しているので胸囲がでかくなってしまい、XSサイズが着られなくなり、Sになってしまいました。



さて、洋服の話はさておき、仕事の話です。


初日は人事の書類記入やら、サインやらで半日過ごし、その後もメールやソフトウェアのアカウントがまだできていなく、ちんたら過ごしたので、長い一日でした。


ドレスコードはビジネス・カジュアルですが、サンダルを履いていっていいのか分からなかったので、ハイヒールで行き、それも疲れました。


同僚となる人たち4人がランチに連れて行ってくれ、みんな落ち着いた感じの30代と思われるCPAだと分かり馴染んでいけそうなので安心しました。


同僚の一人は私のメンター(先輩的な教育係)であるスティーブンで、彼とオフィスが共有です。

スティーブンは、推測だと30歳前後で、ザビエル禿げのオタクっぽい外見で、話しても税務ソフトのオタクという感じで、この会社には2年いるそうです。


最近婚約したようで、「僕の婚約者」というタームがしょっちゅうでてきてなんだか幸せそうです。


メンターは新しい社員がスムーズにシステムを理解して、仕事場に馴染めるように色々教えてくれるのですが、スティーブンは気を使ってもくれ、ありがたい限りです。


彼には初日からこの会社での無数に存在する暗黙のルール、空気が読めるように必要な知識などをそっと教えてもらいました。


まあそれに関しては前の会社でも同じような感じですが、何ヶ月、何年もかかって分かったことを、初日に聞けたのは大きなメリットです。



まだ一週間目なのではっきりといえませんが、お転職してまたよかったなと思うことは、仕事が回ってくる。ということです。


始めたばっかりですが、ちゃんと充分な仕事があるか、あるいは与えられすぎで重荷になっていないか、メンターだけでなく、仕事の割り振りを統括するマネージャーもチェックしにきてくれ、暇になることはまだありません。


前の会社は派閥もあって、夏場など暇な時期は一部の人に仕事がいって、一部には回ってこない、ということが多々あったので、やはりこっちの会社のが「ちゃんとしてる」のかもしれません。


前の会社では、経験なしのペーペーで入社したので、そのポジションから抜け出せずにいたのもあります。


新しい会社では経験ありのプロフェッショナルで雇われたので、どんどん仕事してもらわないと困る、のかもしれません。


同じ下から二番目の位(シニア・スタッフ)なのに、差がでるのかもしれません。


仕事がいつももらえるかどうかはこの先どうなるか分からず、まだ結論はだせませんけどね。


明日は第二週目、頑張ってきますね。


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転職 その4
Thu.11.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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なんだかつらつらと、皆さんの知りたくもない会社での事情を書いてますね。


一応どんなことがおきたか整理して記録しておきたかったので、全然整理できてないですが、まあ好き勝手に書いているブログですんで。お許しを。


クレアのオフィスでヘレンと三人で話をするためにドアを閉めて、さて、どうなったか、P氏の反応は、といいかけたところに、インターフォンでパートナーのW氏がクレアを呼び出しました。


ヘレンと二人で今からオフィスに来なさい。だそうです。


私は退散して自分のデスクにもどったら、5分ほどしてクレアから内線で「いまからW氏がそっちに行くわよ。」といわれました。


それから10秒くらいしてW氏はやってきました。


「ちょっと話できるかな。小会議室へ行こう」とW氏。


そこでの会話はなんというか、どう答えていいかわからないプレッシャーの感じるものでした。


P氏から私が辞めることを聞いてまずヘレンとクレアを呼んで「彼女が辞めること知ってたのか?」と聞いたらしく、彼女達は「今日聞いたばかりです。」と答えたそうです。(クレア談)


W氏は私が辞めていくことがヘレンとクレアにどう影響するかをかなり懸念したと思われます。


彼女達は、とくにクレアは自分の娘のようにひいきにしているW氏です。


慰留しに来た理由はそれ以外ありません。

W氏は

「この地域で会計士をして長いのでT社のことを私も良く知っているが、こことは社風が違う。すこしスターチー(シャツに糊が利いた、ということで、もう少しお堅い、という意味らしい)だよ。」

「この会社はとてもローカルで、社員もみんなファミリーという雰囲気で、私もよく君と君の家族が散歩しているところに出くわして(これは本当)子供達にも会えて、私の妻も喜んで、そういう感じではなくなるよ。」

「通勤もここからでは遠い。ただラッシュとは逆方向だからそれは救いだね。」

「君が希望ならP氏の下で働かずに、H女史やM女史(税務部の女性パートナー)の下で働くように頼んであげるよ。」


といいました。口調はなるべく好印象になるように勤めていましたが、彼特有のプレッシャーが伝わってきました。


「家でも旦那さんと相談して、それから考えたらどうかな。」


といわれて

「もう考えられないと思います。」といいました。


またP氏にも聞かれましたが、T社からの年俸を知りたがっていましたが、


「お話するつもりはありません」といいました。


すると「それからお子さんが3人もいて財務的にかなりのプレッシャーということだけど、お給料もここまでくらいならパートナー会議に出してみるけどどうかな」


私「お給料については交渉したくないんです。交渉は苦手なので。」

W氏「交渉は悪いことではない。むしろ交渉をするほうが尊敬を得られることもある。みんなの見る目がかわることもないよ。」

W氏「どうするかね。」


とものすごいプレッシャーでしたよ。どうやったらこの居心地の悪い状況を抜けられるのか分からず、私は得意の日本人のあいまいな笑顔でやり過ごそうとしましたが、だめでした。


W氏「いったいどうしたいの?」


私「ほかで自分の実力を試してみたいです。」


これで分かってもらえたらしく、放免されました。




W氏の出してきた年俸のカウンターオファーは正直悪くなかったです。


T社への通勤距離、確定申告シーズンでの勤務時間の長さ、など考慮したらとどまったほうが良かったかもしれません。


でも、昇進しない限り絶対でないような額を、辞めるといっただけで出してくるのって、やはり考え物です。


実力ではなく、どれくらい文句を言うかで、昇給がきまるなんて。


それに、数々の面接をしてきて、もう心は別の所にあり、いまさら残ることはありえません。


T社にもオファーの受諾レターを出してしまっています。


一応旦那に電話して、「こんなカウンターオファーが出たけど断ったよ。これでいいよね。」といったら旦那も同意してくれました。


それから私の知らないところでまたドラマが展開されました。


W氏は私とのミーティングのあと、ヘレンとクレアをまた呼び出し、話したいことがあるなら聞くよ。今日はランチに行こう。といって二人を連れて出したのです。

二人が私のようにいきなり辞めてしまわないか心配でたまらなかったのでしょう。


車の中でW氏がまたこの会社は良いところで、云々と話を続けていたら、ヘレンはプレッシャーに耐えられず泣きながら「すみません。告白しなくちゃいけないことがあります。」とクライアント先からオファーが来ていて、キャリアチェンジするつもりだといってしまったそうです。(クレア談)


泣きながら、押し付け上司(M氏とします)の下で働くのが辛いこと、前から公認会計士事務所ではなく民間企業の会計をやりたかったこと、正式なオファーの文書がきたら2週間通知を出そうと考えてた、と訴えたそうです。


そしたらW氏はさすがに情にほだされたらしく、ヘレンの言い分に理解を示しM氏に対してどう改善させたらいいかを考えよう、と言い出したらしいです。


その後、私とヘレンの辞職はパートナー全員の知るところとなり、翌週月曜日に社内メールで二人がそれぞれ別の理由で転職します、とアナウンスされました。


すぐに何人かの同僚、シニア会計士がやってきて、どうするの?家で子供と過ごすことにしたの?と聞いてきました。


私はT社というところに転職する、というとみんな喜んでくれました。

「あぁ、あそこは私の勤めていたファームと同じ建物にあるよ。少し大きいところだよね。」


「元IRS(国税局)職員が何人かいて、監査などにも強いと聞いているよ。」

「寂しくなるじゃないー。でも5年も働いたんだもの、そろそろ違うところで働いてみるのもいいかもね。頑張ってね。」

など、ポジティブな反応でした。


パートナー以外はみんな転職したくなる気持ちが多少なりとも分かるようです。


思えばW氏のいうファミリーな会社というのは嘘ではありませんでした。


同僚は良い人たちが多く、過去5年間で妊娠、出産を2回経験した私を見守りつづけ、わが娘のように思ってくれる女性の方々も多々おり、この地域で友達の少ない私にとって、会社の同僚が友達、という感じでしたので、それを失うのは辛いことです。


でもクレアに言わせると「そんなのどこへいっても同じよ。1年働けば新しいところでも同じように友達ができるわよ」だそうです。


彼女は若くても悟ったところがあります。


それでも最後の週は毎日のように違う人が送別ランチに誘ってくれ、これからも連絡取り合いましょう、といってくれ、同僚に恵まれていたなとしみじみ思いながら、最後の日を終えました。


もうこのオフィスには来ないんだ、毎日この人たちとも顔を合わせることはないんだ、と思うとなんとも不思議な気分でした。




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転職 その3
Wed.10.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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さて、オファーをもらって最初に打ち明けたのは、2年前にリストラで別の会社にいったケイトでした。

彼女がたまたま翌日の土曜日に我が家に遊びに来てくれたので、今のファームをやめて別へ移るといったら、喜んでくれました。


思えば私達が雇われた5年前ごろはそんなに働くのが嫌になるところではありませんでした。


実際、ワシントンDCのビジネス雑誌がやる「働きたい会社ベスト50」とかで中小企業部門で選ばれたりしていました。


入った頃はみんながハッピーだったのです。


何が変わったかというと、監査部の人事で、3人のシニアマネージャーがパートナーになり、その3人が幅を利かすようになって、徐々に社風やら方針が変わっていきました。


良かったのはテクノロジーをどんどん取り入れたこと。


悪かったのは3人の若手パートナーのうち2人が30代で、若いのはいいのだけど、やはり青二才ぶりが裏目に出て、モラルが低下していったのです。


どう説明していいかわからないけどこの二人は年配のパートナーと比べると気品がないのです。


一人は既婚にして、受付の女の子(も既婚)と駆け落ちしてしまったり、もう一人は部下への仕事の押し付け具合がエスカレートして、生え抜きのエリート・マネージャーが辞めてしまったのです。


生え抜きのエリートとは同期で仲のよかったヘレンのことです。



話が脱線しました。


私が辞めることは、会社には翌週の木曜日に伝えました。


同期のヘレン(まだ辞めてなかった)とクレア、そしてシャロンおばさんにはその前に話しました。


ヘレンとクレアはかなり喜んで興奮気味でした。


ヘレンもちょうど転職を試みていて、クライアントでコントローラー(経理部長)として雇ってもらう手配をしていました。


彼女は2ヶ月前にお父上を亡くされ、夫と二人で故郷に引っ越そうかとなやんでいたときに、例の「押し付け上司」からまたどっさり仕事を押し付けられ、さらに故郷に帰ってお母さんの家へ転がり込むのは大人としてどうかと思う、みたいな、ことを言われて激怒していました。


そして「もう辞めようと思う。クライアントのA社から正式なオファーがくるのを待ってるの。」と教えてくれました。

私もT社と2次面接することになってましたが、辞める準備をしている、とは確実になるまでまだ云わないでおいてあったので、このニュースはヘレンにとってはサプライズで、興奮していました。


自分も辞めてやる!というときに仲間の一人も同じように辞めるので、残っていた一抹の罪悪感も吹き飛んでしまった、という感じです。


一方、シャロンおばさんは「なんで辞めるの?そんなの寂しいじゃない。」


「上司のP氏に話してみなさいよ。悩みを聞いてくれるわよ。」といい、ちょっと考えた後、でもやっぱりあなたがやってることは正しいわ。


いちど辞めようと思った人は、慰留されてとどまっても、結局は辞めていくってどこかで読んだわ。


と一応私の決断を喜んでくれました。



そして上司のP氏ですが、


ショックを受けていました。それを隠すように「そうか。どこのファームにいくの?ああ、そこなら知っているよ。そうか。」


といって40分くらい話をしました。


はじめに私はもう決断したのでここで交渉をするつもりはないんです、と前置きしてから、なんで辞めていくのかを徐々に話していきました。

1. 監査の仕事はもうやりたくないので監査部にいる意味がない。監査をしない、できないということはこの会社での自分のキャリアにとって致命的。
2. 税務の仕事に専念したい。
3. 子供3人をデイケアに入れるのには、ここの給料ではやっていけない。
4. 冬場の様子をみると、この会社に自分に充分な(税務の)仕事があるとは思えない。
5. 別のファームでどれくらい自分ができるか試してみたい。

1と2をいうと、すぐに税務部へ移ることだって可能だ、といわれました。なにをいまさら、という感じでしたが「渡る橋は燃やさない」ように、終始ニコニコと友好的に話しました。

給料のことも、もっと必要ならレビューで交渉すべきだったといわれました。


最初からベストオファーを出してこないくせに、必要ならもっとくれといえばいい、というのもどうかと思いますよね。

でもP氏は本当に「あのときいってくれれば。君はあれでいいというけど、本当はデイケアのアレンジとか大丈夫かなとおもったんだ。」と悔やんでいるようでした。

P氏には不満はありました。給料をあげてくれない。冬場の仕事をみつけてくれない。マイクロマネージメントしてくる(細かいところまで色々と管理したがる。)などなど。

でも人柄的には非難するべきことはなく、いい上司でした。


ヘレンのことを思うとその点ラッキーだったかもしれません。


結局P氏は慰留しつつも私の決断を尊重してくれ、もし次の仕事先でうまくいかなかったらいつでももどってきていいよ。といってくれました。



そしてその後、この話し合いがどうなったか、というかP氏の反応はどうだったかを聞きたくて待ちきれないヘレンとクレアに話に行きました。






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転職 その2
Sat.06.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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不採用通知についてですが、うちの旦那も最近一社(大手)を受けたのですが、とうとう不採用通知ももらえませんでした。


面接には3度足を運ばされ、6人と話をして、電話面接も2回あったのに、とうとう音沙汰なしです。


メールを出したり、人事のボイスメールにも2回メッセージを入れて、「どうなっていますか?」と聞いてるのにです。


人を3度も呼び出しておいて、メール一行もかくことをしないなんて、失礼だといって、旦那はGlass Doorというウェブサイトに批判を書くといっていました。


私もそこにM 社のこと書きたい、といったら、そこは大手の会社だけなんだそうです。(がっくり)




さて、気を取り直してまた求人サイトをみて、また一社応募してみました。


そこは(T社とします)家から30分くらい離れています。
規模としてはいまの会社よりもちょっと大きいくらいです。

(M社はいまのところよりもちょっと小さいくらいでした。)


だいたい面接をしてくれるところはレザメを出すと2-3日くらいで電話かEメールをくれます。



人事から最初になぜ今回転職を図っているのかを聞かれ、面接のスケジュールをしましょう、といわれます。


また給料の希望額やら、どんな仕事をしたいか、とつっこんでくるところもあります。


普通に対応すれば好印象で、面接にこぎつけます。


T社との面接はタイミング的には産休から仕事に復帰するちょっとまえ、レビューの面接をやったすぐ後にありました。


面接に行く当日、例の人事で働く友人Kちゃんとインスタントメッセージをしてて、なにかアドバイスを頂戴、といったら


「さわやかにプロフェッショナルにがいいんじゃない?いくら仕事ができても誰もビッチとは働きたくないじゃん」


ということでした。


彼女が採用の面接をするときはざーっとレザメの内容が嘘じゃないか確認して、あとはその会社やチームに溶け込めるかを見るらしいです。


「さわやかに、プロフェッショナルに」を肝に銘じてまた面接に出かけてきました。


時間は4時で、夕方のラッシュアワーが始まりそうでした。Kちゃんによると夕方4時とは、就業時間が終わる直前に面接を入れるということで、よほど会いたいと思われているからよい傾向なんだそうです。




面接したのは税務部門の責任者と思われるパートナーと、もう一人若手パートナーで、責任者の方が主に質問したり、話をし、若手のほうは書記のような役目でした。


最初の質問は「あなたのことを話してください。仕事について何をやっているか、どのような問題を扱うのか、プロフェッショナルな内容でお願いします。」


プロフェッショナル、がキーワードのようですね。(笑)


その質問に答えるうちにまた向こうから質問があったり、こちらから質問になって、会話のほうはポンポンとすすみました。


そして前回失敗した質問「クライアントのコミュニケーションはどうか」という質問も出ましたよ。


これは必ず出る問題とみてよいですね。


前回の失敗があったからこそ「もちろん問題ありません。」とさらりと答えることができました。


途中で責任者が「オフィスマネージャーも呼ぼうか」といってその女性も参加し、会社の福利厚生やらを説明してくれました。


そのあと責任者の指示でオフィスマネージャーの女性がオフィスのツアーをしてくれ、また若手、新人のスタッフのところへ行き、名刺をもらってくれました。


責任者によると、私から何か会社のことで質問があったら、この若手の人々にも電話できるようにとこのことで、彼らは聞かれたことは口外しないことになっているので、マネジメントに聞きにくいことでも聞けるというシステムなのだそうです。


そうして、面接は終わり、1週間後に連絡をするといわれました。


家に帰ってKちゃんとまたインスタントメッセージで面接の報告すると、「オフィスツアーは気に入らない人には時間の無駄だからやらないから、良い証拠。他のスタッフに会うのも良い。決まったも同然」といわれ、まあよい感触が残った面接でした。


翌週はいただいた「若手さん」二人の名刺を手に電話をしました。


聞きたかったことは
1. たまに自宅からも仕事ができるオプションはあるか。
2. 就業時間はフレキシブルか
3. いま母乳で授乳中なので、搾乳できるような部屋はあるのか。

ということで、一人目の女性は私とほとんど同じタイミングで産休にはいってたようで、要領の得た答えが返ってきました。


1と2は今の会社よりもいまひとつだけどまあなんとかなりそう。
3は今の会社と同じような感じで、開いてるオフィスでやるか、それがやなら個別トイレで、ということです。


まあよほどひどい会社でなければ、今の会社よりはいいに決まってるので、このことはあまり気にしていませんでした。






面接の結果はちょうど1週間後に電話で知らされました。


例の責任者パートナーからの電話で、もしよければ2次面接に来てもらいたいが大丈夫か。

もちろんいくに決まってるでしょう。


2次面接は「ランチ面接」で後で秘書からスケジュールの電話がかかってきて、ランチするレストランでの待ち合わせになりました。


みなさん「ランチ面接」って聞いたことあります?なんでランチ?


Kちゃんにも聞いてみたけど「あぁ、もう決まったも同然」だと。







会うのは責任者のパートナーよりももっと上のマネジメント・パートナーという人と、前回と同じ若手(書記)パートナーでした。


ランチなのでもっとカジュアルな雰囲気でしたが、マネジメント・パートナーは同じようなことを質問してきて、私も同じように答え、気がつくと向こうは食べ終わっていて私はまだ三分の一くらい残っていて、急いで食べ終えました。


面接だから私が一番しゃべってるわけで、食べるのが遅くなっても仕方ないですよね。


そのときは一時面接よりもポンポン会話がすすんでいる感じがせず、これはダメだったかな?とすら思いました。


しかし翌日オファーの電話が責任者さんからきました。


オファーを出したいが、お給料はこれくらいでいいでしょうか、正式な書面を来週送ります。本当に弊社にきてくれて一緒に働けることを祈っています。


ということでした。


こちらからすれば、決まればもう絶対転職なのですが、他社からのオファーを利用して今の会社と給料や条件の再交渉をする人が多いみたいなのです。


あるいは、転職するはずだったが、今の会社に残ってくれとなだめられ、カウンターオファーも出され、転職せずじまいということもあるようです。


その日は金曜日で、会社は午前だけで午後は歯医者に行っているとき電話を受け取りました。


帰り道は晴れ晴れしい思いで、「あーこれで今の会社を辞められる」と旦那に電話をかけました。


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転職 その1
Thu.04.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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転職することは自分の中では絶対やらなければならないことでした。


だからお義母さんが帰ってしまって自分ひとりになると分かった時点で、これでは面接にもいけないなと、そしてその先就職活動はいつできるようになるのか、不安になりました。


そしていまの会社のまた戻るのも憂鬱でした。

できれば産休中に転職先を決めたい。

仕事復帰してからだと、会社にばれないように面接に行くのも一苦労です。

(いまの職場では面接できていくようなスーツを着る人はまずいないので、怪しまれないようにするには一旦家で着替えるしかないからです。)



5月半ばごろから娘達との生活のリズムもつかめ、旦那がほぼ週三日は自宅勤務というパターンが定着してくると、また求人サイトを見始めました。


そしてクレイグズリストで一件、ドンピシャの職種で同じ町内の公認会計士事務所からの募集が見つかりました。


そこが今の会社でないことを何十にも確認して(クレイグズリストには会社名を載せないところが多い)、レザメを送り、面接にたどり着きました。


面接でこの会社は(M社とします)最初に会ったHR(人事)の女性との話で、同僚のシャロンおばちゃん(キッズ・オールライトのブログ参照)が昔働いていたところだと気づきました。


自宅から10分以内にあり、デイケアに預けている子供たちが病気になったりして呼び出されてもすぐにいけるし、クライアントの規模、種類も今の会社と似てるので絶好の転職先とおもっていたけれど、一応シャロンの意見もあとで聞かないと、と思っていました。


面接はそのほか税務部の責任者の女性と、ファームを取り仕切るマネジメント・パートナーという男性とやり、まあまあいい感じでした。


と当日は思ったのですが。


後から考えたら大失敗だったのです。


「今の会社ではクラアントとのやり取りも問題なくやらせてもらっていますか?」という質問があって、私は間髪要れずに「はい。」といえなかったのです。


上司のP氏は私が英語がネイティブでなく、保守的なクライアントに私が受け入れられそうにないと判断することが多くて、私の受け持つクライアントでも直接やりとりさせてくれないことが多いのです。


税務部のS女史は「きちんと自己紹介をして、私のサポートをしてるといってから、質問をしなさい」とほとんどのクラアントに連絡をさせてくれるのですが。


そういった状況だったので、「まあ、だいたいです。あまり得意ではないのですが。」なんて答えになってしまったのです。


これは大失敗。たとえ嘘でも「問題なくやっています」といわなくちゃダメでした。


ということでこの会社はボツでしたが、納得いかないのは「採用はできません」の回答ももらえなかったのです。


この週に連絡します、という週の翌週に「私の応募状況はどうなっていますか?」と人事にメールをいれたのに、音沙汰なしです。


そんな失礼な会社に入りたいか?と思えば落ち込みませんでしたけどね。(負け惜しみ)



DC近郊でHRの仕事をしている友人Kちゃんに「今回は残念でした。」とか「ご縁がなかったことに」という連絡をしないことってあるのか聞いてみたら、あるとのこと。


それはHRの担当者によるそうです。


多少腹が立ったけど、気を取り直してまた求人サイトをみつづけます。




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仕事復帰
Wed.03.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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レビューの内容は去年より今年の方がよかったけれど、昇給額は同じ。


ってどういうことでしょう??


多分交渉すれば少しは上がるかもしれません。
去年より良い仕事をしたのだから。


少しあげてもらって、それで気に入らなければ他の就職口をを探す、ということもできますが、あげてもらったら去りづらくなりそうです。


やはり中途半端な昇給に甘んじたくない。


子供3人をデイケアに預ける費用はとんでもない額で、それを一人でまかなえるほど今の収入はありません。


二人分くらいなら払えるか、というくらいです。


これは双子を妊娠したと分かったときから旦那と話し合ってきたことですが。


私が家にいて乳児二人と幼児一人をみるのは無理じゃないけど、メッチャたいへん。乳児一人と幼児一人ならまだいけたかも。だけど双子の乳児を抱えて、2歳の長男にどれだけアクティビティが与えられるか。テレビ漬けにさせてしまうのではないか。あれだけデイケアで楽しくしている長男を家に引き戻すことはできませんよ。それでは私が収入なくして長男をあずける(プリスクールなど)となると、財政的には苦しいです。それだったら私も働いて全員預けたって同じくらいの財政苦ではないか。私が働き続ければ経験も積めて昇給もするが、いま辞めたらそこでキャリアはストップしてしまう。


とまあ色々な要素を考えた上、結局私は働きに出たい、毎日大人と会話ができて、自分のスケジュールがあって、一日働いたら子供たちと会えて、夕方から充実した時間を持てる。


専業主婦になったら、旦那に「自分だけ外に出られてずるい、私は一日誰とも話せず子供の世話と家事をしてくたくたなのに。」と言い出すことがわかっているので、旦那は私が働くこと大賛成です。


お母さんがハッピーなら家族みんなハッピーということですね。(オバマ大統領もいってた。)


というのが主な理由で、莫大な費用を払ってデイケアに3人の子供を入れ、仕事に復帰してまいりました。


今回は長男を産んで産休から仕事を復帰したときと違って、意外とスムーズに復帰できました。


半日くらいオフィスにいたら、いままで休んでいたことが嘘のように思えてくるほど仕事に馴染んでいました。


仕事のスピードは遅いですが、この会社も5年働いているし、休む直前は忙しいシーズンでワーカホリック状態だったので、仕事に対する感覚がすぐにもどってきました。


でもやっぱりいまの会社ではやっていけません。


仕事の内容にもお給料にも不満があるからです。


実はまえまえから漠然と「こんな会社やめてやる!産休中に就職活動をして、産休後はもどってこないぞ!」と思っていました。


旦那のお母さん(お義母さん)にきてもらえれば、面接だってなんだってガンガンやって、意地でも転職してやるぞ。と意気込んでいました。


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レビュー
Tue.02.08.2011 Posted in シネマガールの日記・アメリカ生活
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4月のはじめから産休に入り、7月の独立記念日明けから仕事に復帰しました。


復帰する一週間前に、レビューがありました。


旦那が自宅勤務の日に子供たちを見ててもらい、久々にオフィスに行きました。



うちの会社では確定申告のシーズンも終わりしばらくしたところで、一年の総評価が行われ、個別に昇給がつげられる面接のようなものがあります。


去年の様子はこちらです。


今年は去年と同じ直属の上司P氏に加え、税務部のパートナーのS女史が同席しました。


去年いたP氏の上司R氏はいませんでした。


監査のできない私は監査部トップのR氏と働くことが少なくなり、私の仕事ぶりもあまりみていないので、代わりに一番よく仕事ぶりをみてもらったS女史が加わったのです。



S女史はうちの会社の名前が「プライス・ウォーターハウス・クーパー」だったと仮定するとウォーターハウスさんに当たるひとで、二番目の古株です。


彼女のクライアントは特に個人(法人ではなく)が多く、パートナーのなかでもずば抜けて多いんではないかと思います。


3年前の確定申告のシーズンからSさんの仕事をたくさんもらうようになり、一緒に仕事をしているうちに、いろんなことを学ばせてもらい、彼女から良いフィードバックを頂いて良い関係を築くことができました。


S女史はハツラツとした60代で、何百人といる個人のリターン(確定申告)それぞれをきちんと把握していて、質問をするとすぐに回答が返ってくる切れ者です。


またクライアントとのやりとりを聞いてると思わずあこがれるような、カリスマ、知性を持っています。


会社のなかでは彼女を好かない人もいるのですが、それは多分彼女が女性だからだと確信しています。


男がごり押ししてもとがめられないのに、女が強く出れば打たれる世の中です。


今年のレビューは結果、P氏とS女史に褒められまくって終わりました。


1月から4月までの成績は4月を産休でほとんど休んだにも関わらず、平均以上だった。休みがなければかなりよかった。といわれました。


そして双子を妊娠しての頑張りは誰の予想をも超えたものだった、そうです。


二人とも私が関わったプロジェクトでライトオフしたものはない、といっていました。


ただ一つ云われたのは英語の文書で、メールでもメモでも間違いを見直しなさいといわれました。


冠詞(the とかaとか)の使い方で間違ってるのを指摘されました。


でもアメリカ人なんてtheir をthere にしてる人がしょっちゅういます。


P氏もやってます。それはまあいいとして。



そしてキメテの昇給ですが去年と同じ金額でした。



去年と同じ金額ということはパーセンテージにしたら下がるということですよね。


このパーセンテージですが、社内平均より上だから喜ぶべき、と去年と同じことをP氏はうたい文句のようにしていっていました。


でもパーセンテージはベースサラリーの低い私にとってはあまり意味がありません。


$100kもらってる人の5%は$5,000だけど、$50kもらってる人の5%は$2,500ですよね。


それに社内平均以上の成績を出している私の請求レート(クライアントにチャージする時給)が社内でも最下位から数えて5番目くらいなのはおかしいです。


レートが低すぎるから、成績もかなりいいのです。


このレートは給料に直結しますので、レートをみれば誰が自分よりもらってるかすぐ分かります。



正直、去年と同じ額なんてばかにすんなという思いでしたが、そこは出さずに、あーそうですか、といってにこやかにレビューを終えました。


文句をいっても「君は産休でずいぶん休んだし」とかいろんな言い訳があるにちがいなく、去年のレビューでもう文句を言うのは懲りたからです。



去年は前半悪くて後半良かった、これからも頑張りたまえといわれました。


今回前半を効率をあげようとしてもやはり仕事はまわってきませんでした。これは私の責任ではない。


後半はさらに効率を上げてミスも減らして、「ここを直しなさい」というメモをほとんどもらわないでやってこれるようになった、かなり仕事のレベルを上げてきたのに、去年と同じ昇給額なんてありえない。


ではどれだけ頑張ればもっともらえるのか?


それはもっと後になって分かるのでした。



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